きみとよくこの店に来たものさ

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きみとよくこの店に来たものさ

 街の一角に喫茶店がある。  それは、今時のこじゃれたカフェではない。チェーン店でもない。  コーヒーにこだわり、ブレンドの他に世界各地の産地の豆が揃っている。  豆を炒るロースターがあったり、サイフォンが並んでいたりする。  あるいはネル地でマスターがドリップしていたりする。  もしくは、メニューには、クリームソーダやナポリタンの文字が見える。  内装はビロード地の椅子や、革張りのペアシート。  店内は少しうす暗い。  平成を通り越して、昭和を感じさせる造りである。  実際、長年営業している店が多い。  こういう店を「純喫茶」と呼ぶ。  うちの大学生の娘は、こういう純喫茶が大好きだ。  コーヒーは苦手なので、コーヒーが飲みたいわけではない。  そういう雰囲気が好きなのだ。  私からすれば懐かしく思える喫茶店がいいと言う感覚は、なかなか個性的だと思っていた。  少数派なのでは、と思っていたら、さにあらず!  純喫茶は密かなブームなのだ。  テレビ番組で取り上げられたり、特集した本が出版されている。  わざわざ、レトロな喫茶店ぽく開業している店もある。色とりどりのクリームソーダが売りだ。  ブームになっていることについて、娘はどう思っているのか聞いてみた。  娘はブームになっているから飛びついたわけではないと思っている。  自分の感性でチョイスしたものが、偶々ブームになっているという感覚らしい。  地道に種まきされていた情報をチョイスしたのかもしれない。  でもなあ。  それさえ、初めからプロデュースされていたのかもしれないよ。  よくあるのだ。  本屋さんで平積みになっている文庫本を買い、気に入る。  しばらくして、それが映画化される。  私のチョイスの能力って、大したもんだわ! と悦に入る。  けれど、文庫になって平積みされている段階で、それは売れている小説なのだ。  延長上に映画化されることなど、とっくに用意されている。  でもまあ、自分の価値観は大事にしたい。  そして同じ価値観を持つ人と繋がれることも、SNSの発達した現代では楽しい一面だ。  喫茶店かあ。  人と会って話をするとなると、喫茶店に入った。  私にも、そしてみなさんにもいろいろと、ドラマがある。  歌にもよく登場する。 「ソーダ水の中を貨物船が通る  小さな泡も恋のように消えた」  ユーミンの『海を見ていた午後』の歌に出てくる、このフレーズが印象的だ。でも「山手のドルフィンは静かなレストラン」と出てくる。レストランか。  検索したら「窓辺にソーダ水のグラスがあり、向こうの海には貨物船が通る」という画像がたくさん出てきた。  おお! 歌詞のシチュエーションを試した人がいるのか!  私と同じように、あの歌詞に魅せられた人が数多くいるということだ。  それが私の手の中でわかる。便利な世の中だな。
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