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「おまたせいたしました。早摘みブルーベリーの特製レアチーズケーキでございます」
厳かに宣言されて目の前に置かれたのは、宝石箱のように美しいケーキだった。
「うわあ」
演技でも何でもなく声が出た。
こんな豪勢なケーキ、いつぐらいぶりだろう。フォークを手に染万里はうっとりとした。サラダもおいしかった。パスタも最高だった。だけどやっぱり、この店に来たのならこのケーキは外せない。
「いただきます」
ちゃんとあいさつしてからフォークを突き刺した。特段、染万里が丁寧だというわけではない。目の前のケーキにそう言わせる特別感が満ちているのだ。
「お、おいっしい……っ!」
程よく甘酸っぱく、口の中でちゅっと潰れるブルーベリー。柔らかくて液体のように溶けるレアチーズ。サクサク軽く香ばしいタルト。一つ一つでも十分においしいのに、これら全部がタッグを組んで一気に襲いかかってくる。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「これよ、これこれ。やっぱり三時のおやつはこうでなくっちゃ」
午前中の疲れを癒し、午後を頑張るエネルギーになる。これぞ正しき『おやつ』の姿。本来、あんなまだ薄暗い時間に、眠たい目をこすりながら食べるものではないのだ。
「もし、このまま先生の生活スタイルが戻らなかったら」
ブルーベリーソースをタルトにからめ、口に運びながら染万里は考える。今度は一緒に、このケーキを食べに来られるだろうか。
対面の席、空っぽの椅子が目に入った。おひとりさまで来たのだから、席が空いているのは当たり前。なのだが。
「まあ別に、無理に先生とじゃなくてもいいんだけど」
出かけていった雪足の背中を思い出す。イタリアンとフレンチの違い。そんなささいな違いでなかったことは明白だ。
ひとりが嫌だというわけではない。いやむしろ、久しぶりのひとりは大変に気分が良かった。初夏の木漏れ日が心地いい外のテラス席。時折吹く風がまたさわやかで気持ちいい。
だが、今のこの瞬間がすばらしいものであればあるほど、それを誰かと共有したいと思うくらいには、染万里は素直で他人想いだった。
「それにこれ、毎日じゃない方がいいかも」
ハーブティーの香りを楽しみながら、そんなことを思う。
毎日じゃもったいない。たまに、忘れた頃にやってくる特別な三時、ごほうびの三時でなくちゃ。とってもおいしい、大満足の『おやつ』だからこそ。
「じゃあ明日からは……どうしようかな」
ひとかけらも残さずきれいにケーキを食べきって、染万里はふむと首を傾げた。
「あれ? 思ったより早かったんですね、先生」
染万里が戻ってみると、雪足は一足先に家に帰ってきていた。
「あら。っていうか」
心なしか、機嫌が悪い。暗い顔をして眉間にしわを寄せている。染万里が帰ってきたのに、おかえりの一言も言おうとしない。
「もしかして、うまくいかなかったんです?」
無遠慮にまっすぐ尋ねると、雪足は露骨に嫌そうな顔をした。
「……これから実験する」
むすっとした声で吐き捨てて、のしのし階段を上がっていく。
「えっ、でも先生、もうこんな時間……」
染万里は知っている。一旦研究モードに入ると雪足は長い。熱中したまま没頭して、現実世界に返ってこなくなってしまうのだ。何を隠そう、この性質こそが雪足の生活スタイルを無残な昼夜逆転に追いやった最大の原因なのである。
だが、雪足は染万里の懸念に答えることなく、無言で階上へと消えていってしまった。
「これって」
やばいかも。嫌な予感がする。
ひょいとゴミ箱の蓋を開けてみて染万里はため息をついた。この短時間で一体何杯飲んだのか問いただしたくなる量のコーヒーフィルターが捨てられている。
「やっぱり、一個で満足せずにもう二、三個食べておくべきだったかなあ。ケーキ……」
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