3人が本棚に入れています
本棚に追加
「おい、三時……三時はどこいった!」
まさかボーナスを全額つぎ込んだロレックスの文字盤から『3』の数字だけが剥がれたのかと、高藤は慌ててデスクの下に頭を突っ込んだ。もちろん、絨毯の上には何も落ちていない。
「おいおいおい、どうなってんだ! 買ったばかりだぞ、これ」
そう言いながら立ち上がろうとした瞬間、ドン! という音と共に後頭部に激痛が走る。
その衝撃に、高藤は持ち上げた膝を再び絨毯の上につけた。真上では。頭突きを食らったデスクがぐらりと揺らぐ。
「いったー……クソ、ふざけるなよ!」
自分の失態だとわかりながらも、動揺する心を怒りで誤魔化しながら立ち上がると、高藤は自分のデスクを強く蹴った。
その衝撃で、さっき置いたばかりの受話器がビヨンとバンジージャンプする。
「くそ……これも町田のやつがバカなことを言うから……」
宙ぶらりんになった受話器を再び元の位置に戻しながら、高藤はさっきの電話の会話を思い出していた。
なにが『二時の次がいきなり四時になってます!』だ……。
「……まさかな」
部下からの電話と、タイムリーに自分の腕時計から消えた数字。
直後、背中にヒヤリとした感覚を覚えた高藤は、ゆっくりと顔を上げて誰もいない事務所の壁に掛けられた時計を見た。
そこには、止まることなく動き続ける秒針と、そこだけ時間が逃げてしまったかのように空白になった2と4の間。
あと一分で商談が始まる時間になろうというのに、肝心の「3」の数字が見当たらない。
その光景に、高藤は口を半開きにしたまま呆然と立ち尽くす。
「バカな……俺は認めないぞ。こんなこと認めないぞ!」
部下の寝ぼけた話しが、今まさに現実になろうとしている。
ありえない状況に、高藤の額にじわりと汗が滲む。その時、コンコンコンと誰かが自分の部屋の扉をノックする音が響いた。
最初のコメントを投稿しよう!