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「そんなに心配しなくても、町田なら大丈夫です」
妙に自信たっぷりな表情で宣言する二宮に、高藤が眉毛をピクリと動かす。
「どうしてそんなことお前にわかるんだ?」
その問いかけに二宮はニコリと口端を上げると、「わかるからです」とだけ一言告げて、部屋の扉の方へと歩き出す。
「おい……」と声をかけようとした高藤だったが、これ以上の会話は疲れるだけで無意味だと思い、彼はそこで言葉を区切った。
すると扉を開けて出て行こうとした二宮が、再びこちらの方を振り返る。
「部長、ご安心下さい。町田は商談に遅刻することはありませんし、辿り着くこともありません。それではまた、お会いしましょう」
そう言って二宮は不敵な笑みを浮かべると、そのまま扉の向こうへと消えていった。静けさを取り戻した部屋で、高藤は大きく息を吐き出す。
やっと災害が去った……。
意味不明な部下のペースに巻き込まれ、完全に身も心も疲労しきっていた。
そんな状態を少しでも払いのけようと、高藤は胸ポケットから煙草を取り出す。
と、その時。デスクの上に置いてある電話が勢いよく鳴り、高藤は急いで受話器を取った。
「……だから何度も同じことを言わせるな! なにが『二時と四時の間が消えてる』だ、このバカモンが!」
繰り返されるバカな部下の悪夢に、高藤は叩きつけるように受話器を置いた。それと同時に商談のことを思い出した彼は、慌てて左腕のスーツの袖をめくり上げる。
黒い生地の下から現れたのは、最近買ったばかりのロレックスのシルバーの輝き。
まるで自分の価値を表現しているようなその輝きに一瞬気をとられるも、文字盤を見た瞬間、高藤は肝心なことを思い出す。
「そうだ! 俺のロレックスが……」
そこには何一つ変わりなく秒を刻んでいく針。
スムーズに文字盤の上を滑るその針は、今しがた『2』という数字を越えたかと思うと、空白の文字盤を通過していき、次はいきなり『4』の数字を指し示す。
「三時……俺のロレックスの三時はどこに消えた!」
ボーナス全額突っ込んで買ったのに、文字盤から消えてしまった「3」の数字。これはやっぱり商談どころではない。
そう思った高藤は、慌ててデスクの下に頭を突っ込んだ。もちろん絨毯の上には何も落ちていない。
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