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(あと、三分――)
そうすれば、この地獄からも解放される。
ゾクッ―――。
猥雑な中から、ひとつだけ異なる視線を感じる。
導かれるように宵の翠玉が、その視線の先を辿れば、ひとり寝椅子で脚を伸ばしている人物と目が合う。
青絹に覆われていて、その表情は伺い知れない。
鮮紅と青紫の切れ長の双眸が、じっとこちらを見ている。
シェラカンド王・ヘサームだ。
肩には鷹を乗せたまま頬杖つき、微動だにしない。
敵意はないが、好意でもない鋭い視線に胃が縮こまる。
吐きそうな不快感の中、得体の知れないものも恐ろしく感じる。
彼女は独りでのたうち回った。
淫楽の宴の中、この二人だけが異質な存在だった。
漸く曲が止まり、彼女の舞も終わる。
拍手喝采の中、群舞の踊り子たちと共に恭しくお辞儀をする。
踊っている時と同様、淫靡な視線と猥言の中に埋もれる正当な称賛の声を手探りしながら。
「お疲れ様~」
大広間の奥にある通路で、小躍りするルンマーン一座の座長が踊り子たちを出迎える。
「ハイ、みんなお駄賃だよ~。ここは特上客ばっかだから明日も気張るんだよ~‼」
キャーと黄色い声が上がり、踊り子たちは次々にチップを受け取って行く。
「ンんッ? ちょォッと座長ォッ‼特上客ばっかのワリにショボイんだけどォッ」
ジャスミンが一枚の銀貨を突き出して座長に食い掛った。
「ジャスミンはカービド様んトコ行っとくれ‼」
「へェ~イ‼」
ぱっと顔に花を咲かしたジャスミンはスキップしながら行ってしまった。
「サナはワヒド様っ‼」
「んぇ~~~? まぁた、あンのへったくそぉ~~~っ?」
「タラーイェはナジブ様だよ‼」
「うふふ・・・・・・。お手並み拝見ね・・・・・・」
サナは、おかっぱ頭を怠そうに左右に振りながら、タラーイェは金髪を優雅に揺らしながら国賓の待つ部屋へと向かった。
座長は他の踊り子たちにも次々国賓たちの指名を上げていく。
(こんなの売春じゃない‼)
次々指名が口上されて行く中、宵の翠玉は木綿布で汗を拭い、通路端に置いていた真っ黒なフード付きポンチョで全身を覆い隠した。
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