139人が本棚に入れています
本棚に追加
/225ページ
「ああ‼アイーダぁ、今夜こそジャービル様のお相手をしとくれっ‼もう、ひと月だろぉ‼他の貴族も国王も宵の翠玉をご所望なんだよっ‼」
座長の必死の懇願と、他の踊り子たちの冷ややかな視線が、宵の翠玉であるアイーダに集中する。
アイーダは何も答えず走り去った。
「あの娘ってば、わざわざあんな陰気臭いカッコして‼ホンット嫌味‼」
ひとりの踊り子がアイーダの出て行ったほうを睨みつける。
「処女ぶっちゃってさ‼」
「どぉうせ男共を悦ばすウ・ソ・よぉ」
踊り子たちの罵りに眉をひそめつつも、アイーダは聞こえないふりをして先を急いだ。
* * *
「はぁっはぁっ」
臙脂色絨毯の上をサンダル履きの脚でアイーダは、ひた走る。
洋燈に照らされた長い廊下は怪しい静けさが漂っていた。
(早く部屋に戻らなきゃ)
『あの豊満な乳房に優腰』
『卑しいカラダね』
『あれこそ神が遣わした極上の果実ではないか』
たくさんの拍手に入り混じる汚泥と棘の言葉。
どんなに聞こえない聞こえないと思っても侵入ってきてしまう―――。
「アイーダ‼」
バッと前方の角から矮躯の老人が飛び出してきた。
中央に羽飾りの付いたターバンを巻き、皺だらけの色黒い皮膚、膨らんだ巨大鼻には無数の黒子、白髪交じりのもじゃもじゃした口髭と顎髭を蓄えている。
腹は胴衣の上からでも分かるほど出っ張っていた。
「アイーダ、今日こそおまえの体を味あわせておくれっ。1度だけでいいんじゃ」
孫娘ほど年の離れた踊り子の手を握りながら、矮躯の老人は首を擡げ、懇願してくる。
「ジャービルさまっ、わたしは、どなたとも関係を持つつもりはありません・・・・・・っ」
逃げようとするアイーダの繊指に太くて短い指が纏わりつく。
上のほうへ手を抜こうとしても、ぎゅうぎゅう握られ、蓋をするように押さえ込まれる。
脂ぎった掌が白い肌にべっとりと張りついた。
全指に嵌められた指輪の巨大な宝石が、ジャービル王の眼と同じくぎらついている。
「良いだろアイーダ。今日ワシは国の金の大半を座長に渡したんだ‼この間は懐から全額出した‼それでも足りないと言うのかねっ⁉」
(知らないし、そういう問題じゃないわよ‼)
「む、無理です。わたしはどなたとも関係を持つ気はありませんっ! お離しくださいっ!」
相手が国賓なだけに邪慳にすることも出来ず、ここひと月の間、丁重にお断りしてきた。
いくら王様とは言っても、何十歳も年の離れた男となんて生理的に無理だ。
「なんなんじゃ? 何が不満なんじゃ!?妃になるのが望みなら今すぐにでも‼他の踊り子は、みな喜んでワシの下で啼いておったぞ‼年は経たが若輩には劣らぬぞっ」
目を血走らせジャービル王は捲くし《ま》立てる。
(だからそういう問題じゃないのよっ‼)
是が非でも自分と一夜明かさぬと気が済まないようだ。
(どうしよう)
上手い言い訳が思い浮かばずアイーダは、うつむくしかない。
橙の光が落ちる臙脂の絨毯を見つめる。
握られたままの手はジャービル王の脂汗で、べたべたになり熱くなっていた。
気持ち悪さと恐怖でアイーダは全身がカタカタと震える。
「おぉ、おぉ、なんと初々しいんじゃ‼心配はいらんぞアイーダ。ワシがじっくりとおまえを女にしてやるぞ」
にやにやしながら皺だらけの手で震える手を撫でまわすと、アイーダの腰に腕を回した。
悪寒がし、鳥肌が立つ。
(やだっ―――!)
「待てっ!」
アイーダの耳に聞き慣れた声が飛び込んでくる。
その人物は国王の手からアイーダを引き離すと自分の後ろに隠した。
最初のコメントを投稿しよう!