第二章 輪廻の種子・麗しの舞姫

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「ああ‼アイーダぁ、今夜こそジャービル様のお相手をしとくれっ‼もう、ひと月だろぉ‼他の貴族も国王も宵の翠玉をご所望なんだよっ‼」  座長の必死の懇願と、他の踊り子たちの冷ややかな視線が、宵の翠玉であるアイーダに集中する。  アイーダは何も答えず走り去った。 「あの娘ってば、わざわざあんな陰気臭いカッコして‼ホンット嫌味‼」  ひとりの踊り子がアイーダの出て行ったほうを睨みつける。 「処女ぶっちゃってさ‼」 「どぉうせ男共を悦ばすウ・ソ・よぉ」  踊り子たちの罵りに眉をひそめつつも、アイーダは聞こえないふりをして先を急いだ。               * * * 「はぁっはぁっ」  臙脂色絨毯の上をサンダル履きの脚でアイーダは、ひた走る。  洋燈に照らされた長い廊下は怪しい静けさが漂っていた。 (早く部屋に戻らなきゃ) 『あの豊満な乳房に優腰(やさごし)』 『卑しいカラダね』 『あれこそ神が遣わした極上の果実ではないか』  たくさんの拍手に入り混じる汚泥と棘の言葉。  どんなに聞こえない聞こえないと思っても侵入(はい)ってきてしまう―――。 「アイーダ‼」  バッと前方の角から矮躯(わいく)の老人が飛び出してきた。  中央に羽飾りの付いたターバンを巻き、皺だらけの色黒い皮膚、膨らんだ巨大鼻には無数の黒子、白髪交じりのもじゃもじゃした口髭と顎髭を蓄えている。  腹は胴衣の上からでも分かるほど出っ張っていた。 「アイーダ、今日こそおまえの体を味あわせておくれっ。1度だけでいいんじゃ」  孫娘ほど年の離れた踊り子の手を握りながら、矮躯の老人は首を擡げ、懇願してくる。 「ジャービルさまっ、わたしは、どなたとも関係を持つつもりはありません・・・・・・っ」  逃げようとするアイーダの繊指(せんし)に太くて短い指が纏わりつく。  上のほうへ手を抜こうとしても、ぎゅうぎゅう握られ、蓋をするように押さえ込まれる。  脂ぎった掌が白い肌にべっとりと張りついた。  全指に嵌められた指輪の巨大な宝石が、ジャービル王の眼と同じくぎらついている。 「良いだろアイーダ。今日ワシは国の金の大半を座長に渡したんだ‼この間は懐から全額出した‼それでも足りないと言うのかねっ⁉」 (知らないし、そういう問題じゃないわよ‼) 「む、無理です。わたしはどなたとも関係を持つ気はありませんっ! お離しくださいっ!」  相手が国賓なだけに邪慳(じゃけん)にすることも出来ず、ここひと月の間、丁重にお断りしてきた。  いくら王様とは言っても、何十歳も年の離れた男となんて生理的に無理だ。 「なんなんじゃ? 何が不満なんじゃ!?妃になるのが望みなら今すぐにでも‼他の踊り子は、みな喜んでワシの下で啼いておったぞ‼年は経たが若輩には劣らぬぞっ」  目を血走らせジャービル王は捲くし《ま》立てる。 (だからそういう問題じゃないのよっ‼)  是が非でも自分と一夜明かさぬと気が済まないようだ。 (どうしよう)  上手い言い訳が思い浮かばずアイーダは、うつむくしかない。  橙の光が落ちる臙脂の絨毯を見つめる。  握られたままの手はジャービル王の脂汗で、べたべたになり熱くなっていた。  気持ち悪さと恐怖でアイーダは全身がカタカタと震える。 「おぉ、おぉ、なんと初々しいんじゃ‼心配はいらんぞアイーダ。ワシがじっくりとおまえを女にしてやるぞ」  にやにやしながら皺だらけの手で震える手を撫でまわすと、アイーダの腰に腕を回した。  悪寒がし、鳥肌が立つ。 (やだっ―――!) 「待てっ!」  アイーダの耳に聞き慣れた声が飛び込んでくる。    その人物は国王の手からアイーダを引き離すと自分の後ろに隠した。
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