第二章 輪廻の種子・麗しの舞姫

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「んあ~、もぅ。ベッドに乗る前に、もぉっと確認してよぉ!」  こどもみたいな舌ったらずな声の主は、パタパタと背中の羽根を動かしながら宙を浮遊し、アイーダの目の前に移動した。 「いい加減さぁ、この陰気臭いカッコやめなよ。アイーダ」 「ムーニャ。無茶言わないで。わたしはこの世界に馴染むなんて到底無理よ」  ポンチョの端っこを引っ張るムーニャにアイーダは力なく反論した。 「へ~ぇ。今の君は、前とは比べ物にならないほど綺麗なのにさ」  ムーニャは鏡台の引き出しから手鏡を取り出し、アイーダの顔を映した。  透き通るような真珠の肌と、大きな翠玉(エメラルド)の瞳。  ほんのり赤い頬に薔薇の唇。  ふわふわの白金の髪をした美女が、アイーダを見返している。  舞台用の煌びやかな飾りでさえ、その美しさを引き立ててる小道具でしかない。  だが、アイーダは顔を背けてしまった。 「・・・・・・まだ引きずってるの? 前のこと」 「だって、覚えているのに。なかったことになんてできないわよ」 「でもさぁ~贔屓目(ひいきめ)に見なくたって、君は超絶美人なんだよ。顔だけじゃなくてカラダだって。ここの客たちだって君に夢中じゃないかぁ」 「だから嫌なのよ。あんな気持ち悪い男たち。仕事じゃなかったら・・・・・・こんな格好なんて。前の姿のほうが、ずっとマシだったわ」 「そう喚いてもさぁ、今のこのカラダ以外、君の魂が還る(カラダ)なんて無いんだよ」  引き出しに鏡を戻すと、ムーニャはアイーダの顔を覗き込んだ。 「君は、一度死んでるんだから」  ムーニャの無邪気な、まんまるな瞳が、自信なさげなアイーダを映している。 「死んだかどうかなんて、覚えてないわ」  ——そう、覚えていない。  あの日、二早(にはや)社に課長のお使いで書類を取りに行って、会社に戻ろうとしてどしゃぶりの雨の中歩いて帰って。 ——その後どうしたんだっけ?  つい、実質一ヶ月前の記憶なのに、アイーダは遥か昔に感じる記憶を辿る。  レジ袋に包んだ鞄を頭に抱え、濡れ鼠になりながら、川と化した横断歩道を踏み締めていた。  キキイイイイイイイ―――‼ドン‼  けたたましい音と衝撃音に心と体が飛び散る。
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