第二章 輪廻の種子・麗しの舞姫

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 男が女に馬乗りになっている。  互いに恍惚の表情を浮かべ、女は揺さぶられながら声を上げていた。  今の今まで気づかなかったことが不思議なくらいだ。  おそらく状況を把握しようとするだけで精一杯だったからだろう。  すぐ目の前で繰り広げられる男女の交わりに、みつ子は顔が熱くなった。 「あのふたりがヤッてんのは、いつものコトでしょッ‼」 「い、いつものコト・・・・・・って」  あまりの衝撃に、みつ子が目を逸らすことすら出来ずにいると、ジャスミンが何度目かのツッコミを入れる。   (う、うそでしょ? 真昼間っからしかも人前で) 「だからぁ、君のいた次元とは、ちがうセカイだって言ったじゃないかぁ」  みつ子の視界に、顔だけ猫の生長い尻尾が、目隠しをするように垂れ下がってきた。 「ちょっ、見えないっ」 「親切でこーしてるんだよ、みつ子。君は男女の営みについては超嫌悪してたからねぇ。アラビアン・ナイトの本を読むのも無理ってゆーくらい」  その言葉に、みつ子の混乱する思考が一時的に止まる。 (わたしがアラビアン・ナイトの本を読んだのを知っているのは、書庫から本を出してくれた司書さんと)  みつ子の脳裏に、正確過ぎる腹時計で、サイレンのごとく鳴き声を上げる唯一の家族が浮かんだ。 「ま、さか・・・・・・。クロ・・・・・・?」 「せいか~い‼ご名答‼気づくのおそいなぁ。見た目は、ほぼデフォルトだよ? 前世はクロ。現世はムーニャだよぅ‼」  小声で問い返す、みつ子にムーニャと名乗った生き物は答えた。  人間の言葉を話す、背中に蝙蝠とカラスの羽根を生やした姿はバージョンアップとしか思えないが。 「い、いったいどういうことなの? さっき、わたしが一度死んだって・・・・・・」 「うるさいぞ‼ナニ騒いどるんだい‼」  みつ子がムーニャと、ひそひそ話していると、前方から中年男性の怒号が飛ぶ。 「だァッて座長ッ‼アイーダがァッ‼」  ジャスミンが言い返すと、声から想像した通りの中年男性が顔を覗かせた。  小太りでアラビアン・ナイトに登場する商人のような感じだ。 「んん? アイーダ。今回は、ヘサーム王直々のお達しなんだからね‼宵の翠玉の名に恥じない働きをしておくれよ‼」 「よ・・・・・・よいのすいぎょく?」 「君の通り名だよぅ。今の君はルンマーン一座の踊り子。宵の翠玉・アイーダなんだよ」  またもや追加された新しい単語にみつ子は頭を抱える。 「もォ~ッ‼アイーダ、だいじょうぶなのォッ? 今夜スグ(おど)んだからねッ‼」  クロの声とジャスミンと呼ばれる踊り子の声が重なる。  つまり、今の自分は、踊り子が職業で通り名までついているらしい。 「ち、ちょっとまってクロ。さっき、わたしが死んだって言ってたけど。わたし死んだ認識なんてない・・・・・・っ」  みつ子は頭が追いつかず、現状の起点と思しき事柄について問いかけた。  もし、本当に死んでいて、これが夢でないとするなら、つまり転生したということになる。  輪廻転生なんて、耳にしたことはあるけれども、本当に信じていたわけではない。  そんなことが実際に起きるなんて、事故や事件なんかよりも予想する者は少ないはずだ。 「いきなり過ぎて自分が死んだことすら気づかないニンゲンもいるからさぁ~」 「じ、じゃあ、わたしは死んだことに気づいてないってこと、なの・・・・・・?」 「一時的な混乱かなぁ。まぁ、死んだ瞬間なんて覚えてないほうが幸せだよぉ。気分イイもんじゃあないからねぇ」 「で、でも。だったら、一度死んだっていうなら、今いる世界(ここ)で育った記憶とかがあってもいいんじゃないの? わたしは、さっきまでどしゃぶりの中書類をもって会社に戻るところだったのよっ?」  思考が再び混乱でかき乱される。 「その辺のタイムラグはつきものだよ。みんな規則正しく死にました生まれました、じゃないんだから。世の中そんな都合よくできてないよぉ。死んだあとすぐ生まれ変わるのもあるし、すんごぉく時間が掛かる場合もあるんだ。みつ子の場合は想定外に早かったねぇ」  世間話でもするかのように喋るクロに、(はてな)マークがぼんぼん湧いてくる。  やはり、みつ子は転生したようだ。  よく分からない異世界に踊り子として。 「まぁ、君の場合『みつ子の記憶』が『現世のアイーダ』に、歪にくっついちゃってる感じだろうから。まぁ、その内馴染むよぅ、この世界に」  ここまでが、みつ子にとって、アイーダとしての最初(はじまり)で、一ヶ月ぶんの記憶だ。  死んだ記憶もなければ、転生した世界で生まれ育った記憶もない。  こんな状態でどうやって生きて行けばいいのか。  みつ子として二十六年分の記憶が土台にあるのに、新しく一ヶ月たらずの記憶を飲み込めと言うほうが無茶である。 「でも、たしかに君は、鈴木みつ子から踊り子・アイーダに転生したんだよ。それに、『アイーダ』は、ちゃんと、この世界で生まれ育ってルンマーン一座の踊り子をしていたんだから。それは、みつ子だって実感あるでしょ?」   (言われてみれば、そうだけど)  ダンスなんて一度もやったことなかったのに、息をするように楽師たちの演奏に合わせて踊ることができている。  みつ子だった時は、前屈だって指先すらつかなかったのに、今は、ぺたっと百八十度開脚は当たり前。  エビ反りをすれば足の裏と後頭部がくっつく。 「あれだよ、PCの旧OSを新OSにアップデートしたら動作不良ってヤツ」 「そ、そんなこと、あり得る・・・・・・の?」 「あるんじゃない? 現にキミが、そぉなってるんだからさぁ」  なんでもお見通しな顔をして、ムーニャは羽ばたきながら体で円を描いた。  夜の闇みたいな体毛に、黄金の眼が光る。  体の二倍はある長い尻尾をゆらんゆらんとメトロノームのように動かした。  話がいったん途切れ、アイーダは、ふたたび背中から寝台に寝転んだ。
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