第二章 輪廻の種子・麗しの舞姫

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 重たい気持ちが、ずぶずぶと沈んでいく。  アイーダは“踊り子・アイーダ“から、“みつ子“に戻ろうと、淫乱な観客たちの空気から自分を切り放そうと必死だった。 (前の方が生きやすかった)  寝返りを打ち、アイーダは心の中で呟く。    なぜ、自分はこんな世界にいるんだろう。  そんな疑問が毎晩浮かぶ。 「みつ子ぉ。君は北から南、果ては東から西まで、その名を知られたルンマーン一座の舞姫、宵の翠玉・アイーダなんだよぉ‼いい加減腹を括って今の人生を生きるべきだよ。日本じゃいざ知らず、この世界なら男とSEXするのなんか挨拶とおんなじなんだ。あ、今の日本じゃ結婚前にSEXするのもふつーだったね」 「・・・・・・ムーニャ、もうその話はいいから」  オブラートにすら包まないムーニャの物言いに頭痛がする。  アイーダは額に手をやりながらムーニャの話を遮った。 「みつ子には世話になったからさぁ。今度は生きたいように生きてもらいたいんだよ。せぇっかく、おたがい一緒の世界に生まれ変わったんだからさぁ。でもまぁ。まっさか、あと7回は残ってるっていう我が猫生。別次元に生まれ変わるとは思ってなかったけどさぁ」 「猫に九生あり、ね」 「さすがみつ子ぉっ‼いっつも図書館の本読んでたもんねぇ」  ぱふぱふ、とムーニャが前脚で拍手する。 「ムーニャ。わたしを元の、日本に戻したりは、できないの?」 「ムリだよぉ。みつ子が願ってることなら、できることなら叶えてあげたいけれど、輪廻の(ことわり)には逆らえないんだ。拙者だって、『クロ』の猫生を終えたと思ったらここに来ちゃってたんだから」 「翼猫(つばさねこ)で人間の言葉話しているのに」 「アラビアン・ナイトな世界ってそんなもんでしょう」  拗ねた声で食い下がるアイーダにムーニャは、さも当然と返す。  このあり得なさすぎな状況が起きているなら、逆に戻るという無茶苦茶な展開に転んでもよい気がするのだが。   たしかに、パッと見の印象は千夜一夜物語に似ている世界ではある。  小さい頃読んだ、アラビアン・ナイトの絵本。  エキゾチックで幻想的な世界、きらきらとした宝石の生る樹、ランプの魔神、空飛ぶ絨毯に、みつ子も夢中になった。    懐かしくなり、図書館の書庫から完訳版を出してもらったものの。  大昔の性生活事情を網羅したかのような内容(少なくとも、経験値がマイナスな、みつ子には、そう感じられた)に数ページで本を閉じた。  子供の頃の憧れを壊してしまった、真実の物語。    その物語を現実にしてしまったかのような、今自分のいるこの世界―――。    舞台からでも分かる、あんな気持ちの悪い男たちに、ふしだらな女たち。  OLだった頃も、そういうことには関心がなかった。いや、持たないようにしていた。  ——だって一生縁のないことだもの。  変な期待をするよりも諦めるほうが簡単だ。選択肢からなくすほうが、楽というものである。  “磨けば光る“——とは、なんて残酷で無責任な言葉なのか。  いくら体型を細くしたいと思って食事制限をしても、スカートのウエストは一向に緩くならなかったし、  運動だって、苦手だった。  幼稚園の運動会でビリになるくらい走るのは遅いし、小学生のマラソン大会でも後ろから数えたほうが早かった。  万が一痩せたとしても、生まれつきの顔の造形や骨格は変わらない。  後輩の高野みたいに、好き勝手できることがうらやましく思えたこともあった。  みつ子が、今いる、この世界を拒絶するのは、自分に対して自身を持てず、性からも目を背けていたことへの裏返しでもあるのだろう。 「まぁ、とにかくここは砂漠のど真ん中にある奇跡の都・シェラカンド。なっかなかお城の中になんか入れないんだし貴重な体験じゃんか。ふゎ~あ、おやふみぃ~」  ぶふぅ、ぶふぅ、とクロだった時と同じ寝息を立てながら、ムーニャは宙に浮いたまま眠ってしまった。  マイペースなところは今も昔も変わらない。
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