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「カービドさまっ。アイーダにございます‼」
アイーダが数回扉を叩くと、中から「入れ」と言う声が聞こえた。
「なんだね? 今は妻の相手で忙しいんだ、後にしてくれ」
扉を開けた先に広がる光景に、アイーダは驚愕する。
寝台では、カービドと妻が一糸纏わぬ姿で戯れていた。
ジャスミンの衣装は寝台の下で、ぐちゃぐちゃになっている。
頭が真っ白のアイーダに対し、妻は夫に騎乗したまま、腰を振って啼き声を上げていた。
「・・・・・・いっいえっ! 失礼致しました!」
アイーダは米搗きバッタの謝罪をし、脱兎の如くカービドの部屋を飛び出した。
「もォッ‼ただ奥様がカービド様に乗っかってただけでしょォッ‼」
「そうだよぉ。このセカイは、これがふつーなんだからぁ」
ジャスミンの頭のすぐ後ろで、浮遊するムーニャが、いけしゃあしゃあと付け足す。
「だ・・・・・・ッ。だって、ジャスミンさん・・・・・・。あ・・・・・・あなたと・・・・・・っ、一夜、明かしたんですよね?」
「明け方奥様が来て、代わってって言うからァ。なんか、カービド様がいない間、召使やら友人やらとヤッてたケド。やっぱ夫のがイイッて押しかけてきたのよォ」
「W不倫じゃないですかっ・・・‼」
ジャスミンは世間話でもするみたいに、事のいきさつを話す。
「はァッ? なァにィ? 不倫って。男のアソコは飲み込んでナンボよォッ‼」
「まぁ、それがフツーだから。一夫多妻制だしねぇ。ん~、あ。ポリアモリーのほうが感覚的には近いかもね」
知らぬ間にアイーダの右肩で寛ぐムーニャが更に補足する。
当事者たちが納得しているならば、第三者がとやかく言う筋合いはない。
この世界で育った記憶があれば、それがふつうだと何の疑いも持たず、受け入れられていただろう。
しかし、今のアイーダは鈴木みつ子としての記憶しか持っていない。
その土台が、彼女自身を生き辛くしていた。
「アイーダァ? 顔色悪いわよォ。毎晩ひとり寝してるからよォッ‼」
ジャスミンがバンバンとアイーダの背中を叩く。
(本当に、なんで、わたしはこんな世界にいるんだろう)
ジャスミンの平手に咳き込みながら、アイーダは肩を落とす。
今まで持って来た常識も倫理も無意味だ。
でも、どうやったって受け入れたくない。
「おおぉッ、アイーダ‼昨夜ワシの誘いを断っておいて、あんな若造と情交するとはッ‼なんたる侮辱じゃぁッ‼」
痰ば絡まったようなガラガラ声がしてアイーダは頭が痛くなった。
廊下の向こうから、唾を盛大に飛ばしたジャービル王が猪の如く突進してくる。
「アイーダってば、まだジャービル王とヤッてないわけェッ?‼」
あきれたようにジャスミンが目を丸くする。
今日はなんて最悪な日なのだろうか。
この世界で「良い日」なんてありはしないが。
「アイーダッ‼おまえは、あんな小金持ちとは体を交える癖に一国一城の主であるワシとは体を交えないと言うのかッッ」
ジャービル王は、アイーダを指さしながら、捲くし立てる。
どうやら貴賓室から出てきた所を見ていたらしい。
「ジャービル様、誤解です。わたしはジャスミンの衣装を取りに行っただけで」
「踊り子の分際でワシを謀る気かぁッ‼」
一方的な言いがかりなのに、頭に血が上っているジャービル王は聞く耳を持たない。
「アイーダはジャービル様のためにカラダをこしらえていたのですわ」
(ジャスミンッ!!)
笑顔で爆弾を落とす彼女にアイーダは言葉がない。
「おおッまことか‼ならば下準備はできておろう。早速ワシの部屋で存分に啼かせてやるぞい」
ぐい、と皺だらけの脂ぎった手の平が、アイーダの腕を掴む。
「ちがっ・・・・・・! はなしっ・・・・・・」
老齢とは思えぬ馬力で引きずられる。
助けを求めようとアイーダが振り向くと『さっさと処女卒業しなさ~い』とジャスミンが満面の笑みで手を振っている。
(いくら自分がジャービル王と関係を持ったことがあるからって、わたしにまで押しつけないでよっ―――!!)
絶対絶命。
そんな単語がアイーダの脳内を圧迫した。
その瞬間、自分を挽く力が反転する。
「また、おまえかぁっ!!」
上機嫌だったジャービル王が再度激昂した。
「いい加減ワシの邪魔をするな!!」
「邪魔? 彼女が嫌がってるのが分からないのかよ? もうろくジジイ」
昨晩の再現をしているかのようだ。
ルトはアイーダを自分の背に隠すとジャービル王と対峙した。
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