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「小童のぶんざいで、どこまでっ‼このワシを愚弄するか―――ッッ‼」
怒り狂ったジャービル王が佩刀を抜いた。
(嘘―――ッッ!!)
まさかの事態にアイーダは背筋が凍りつく。
スローモーションのようにジャービル王がルトに斬りかかってくる―――!!
ルトの背後でアイーダは思わず目を瞑った。
「うわーあああああああ!!」
頓狂な叫び声が耳に入る。それは紛れもなくジャービル王のものだ。
アイーダは恐る恐る目を開けた。
今朝は、起きてから固まることばかりだったが、今、目の前で起きている事象が一番信じられないだろう。
なんと天井を突き抜けんばかりの巨大な魔神が、ジャービル王の襟首を指先で摘み、自分の顔の高さまで持ち上げていたのだ。
ぎょろりとした青い目に褐色の肌、黒い巻き毛とカエサル髭みたいな口髭と顎髭をたくわえている。
羽根飾りをつけたターバンを巻き、ショート丈のベストを着た姿は、まさにランプの魔神だ。
アラビアン・パンツを履いた脚は幽霊のように、膝から下が消えかかっている。
「ひいいいいいいいいいい、もうっ申し訳ございませんっ!!へっへいかには、ヒラにっっひらにご容赦をををををををををををを―――!!!」
余りの非現実的過ぎる状況に放心状態でいると、恐怖に泣き叫ぶジャービル王の声が耳を劈いた。
数分前までの威勢の良さはどこ吹く風。
魔神の巨大な目玉に睨まれ、失禁までする始末だ。
すると、魔神はパッと指を放し霧となった。
「くうううううう‼」
ジャービル王は燃える石炭みたいな顔で、ぶるぶる震えながらパンツをたくし上げ、ガニ股で走り去っていった。
「だいじょうぶ? アイーダ」
嵐が過ぎ去り、アイーダが呆然としていると、ルトが焦りの残る顔を向けてきた。
「は・・・・・・はい。あの、今のって魔神、ですよね?」
「アイーダったらァ‼魔神も知らないのォッ? 魔神なんか珍しくないでしょォッ‼」
ジャスミンが口を挟む。
アラビアン・ナイトな世界とは思っていたが、まさか魔神までいるとは。
ジャスミンの口振りから、魔神の存在は、一般的なようである。
「ふつうは、あんまり見ないけどね。シェラカンド王宮は兵の他にも魔神がうろついてるんだよ。全員ヘサーム王の言いなりで。しかも、あいつら別の姿や生き物にも変身するから」
ルトが頭を掻く。
「まっ・・・・・・まぁ、魔神も、いちいち人前に出てくるヤツばっかじゃないからねええ~。ここが特殊なんだよぅ」
ルトの言葉に続いてムーニャが声を発した。
アイーダの髪の毛の中から。
いつの間に潜り込んだのだろうか。
しかも、耳と尻尾が垂れ、ブルブルと震えている。
「ムーニャ?」
「べべっ‼べつになんともないよぅ~‼」
そう言いながら、ムーニャの声は裏返りまくっている。
「あと、ヘサーム王には最高位の魔神が憑いてるって噂で」
思案顔で話を続けるルトに、ムーニャが全身の毛を逆立てた。
まるで怖いボス猫に会ったみたいに興奮している。
「だいじょうぶ?」
アイーダは、髪の毛の中で丸く縮こまる黒猫に、そっと話しかける。
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