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「じゃあヘサーム王は絶対に上手よね。シェラカンドが繁栄してんのも、ヘサーム王の政の手腕があってこそだものね」
「あーん! 一度でいいからヘサーム王に抱かれたい~」
「あの青絹から覗く鮮紅色の瞳と深青色の瞳‼」
「きっと大きいわよね‼」
乙女の恋バナよろしくなノリで会話が弾んでいく。
(聞こえない聞こえないわたしには関係ない関係ない聞こえない聞こえない)
耳を塞ごうと呪文のごとく念じる。
ようやく魚を飲み込んだアイーダは、そう念じながら、もぐもぐと天人花の実を齧るが、これも味が全然分からない。
「ねぇねぇん、アイーダはルトとヘサーム王、どっちに新鉢新を割ってもらうのぉ?」
とんでもない話題を振られ、アイーダは、とうとう咀嚼していた天人花の実を吹き出してしまった。
「キッたないわねェッ‼何吹き出してんのよォッ‼」
ジャスミンがキンキンした声を上げる。
「あらあら・・・・・・。アイーダったら」
床に手をつき、げほげほ咳き込んでいると、タラーイェが水を注いだ杯を手渡す。
「ご、ごめん。ありがとぅ」
アイーダは、ちょっとずつ水を口に含み、詰まった喉をゆっくり流した。
「どっちにするの~?」
アイーダが顔を上げれば、いつの間にか座長、踊り子、楽師までもがニヤニヤしながら一斉に自分を見下ろしている。
「どっ・・・・・・、どっちも、ないっ‼」
咽ながらアイーダは叫んだ。
「アンタねェッ‼女は男に抱かれてナンボッ‼男は女に喰われてナンボよォッ‼」
「だからっ、ルトは友人だし、ヘサーム王は論外よッ‼」
ジャスミンの熱弁に、アイーダは思わず声に力が入る。
さっきまでジャービル王のことをやたら薦めてきていたのに、今は、なぜかルトとヘサーム王の二択になっていた。
年齢的な面では、どちらも問題ないが、最初から恋愛対象には見ていない。
「ええ~? いいじゃないヘサーム王。いっつもアンタのこと、情熱的な目で見つめてるじゃないの」
踊り子のひとりが、何が不満なの、と口を挟む。
(情熱的って)
アイーダは眉を顰める。
あの視線は恐怖しか覚えない。
思い出しただけでも背筋が凍る、あの鋭い瞳―――。
青絹に覆われて表情は全然分からないけれど、とにかく怖い。
表情が分からないぶん、余計に恐ろしく感じるのかもしれない。
毎晩、自分に向けられる得体の知れない視線と、さっきの魔神の出現。
しかも、その魔神を使役しているという情報から、アイーダの中で途轍もなく恐ろしい、ヘサームの人物像ができあがっていた。
「でもォ、あれで顔がゲソだったらイヤよねェ~ッ。ヘサーム王とヤッた子いないのォッ?」
ジャスミンがケラケラと品定めするように言う。
「予約だけで埋まってるらしいわよ。王妃とか王女とか貴族夫人とか独身貴族令嬢とか」
(予約って、レストランじゃないんだから‼)
心の中で強く反論しつつ、アイーダは必死で会話内容から気を逸らそうと努力した。
「でも、どんなによくっても、すべて一夜の夢」
「続きはひとり夢の中で・・・・・・ってね~」
急にしっとりとしたロマンス小説みたいなセリフを言いながら、ふたりの踊り子がカラダをくねらせ、祈りを捧げるような動きをする。
さっきまで卑猥な話で盛り上がってたのに、絶叫マシン並みの落差にアイーダはついていけない。
「確か~、ヘサーム王って誰とでも一回しかしないんだっけ~?」
サナがメロンを摘みながら思案顔をする。
「後宮もガラッガラだってゆーし、まだまだ遊んでたいのかしらね~」
ジャスミンも天人花の実を手に取る。
「だからこそ、身分気高き方々が躍起になっているのではなくて・・・・・・?」
杯を手に楽しそうなのはタラーイェだ。
(最低―――ッ‼)
あんな恐ろしい魔神を家来にして、しかも本人にまで魔神が憑いていて、女性関係もだらしないなんて。
怒り、恐怖、軽蔑。
三つ巴の感情がアイーダの脳内で、ぐるぐる回る。
本当に、今日は朝から厄日を更新中だ。
独り震えていると下の方から、ぶふぅぶふぅという音が聞こえる。
お腹がいっぱいになったムーニャは、アイーダの膝で至福の昼寝をしていた。
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