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「妻子持ちなのに他の女性と関係を持つなんて、僕には到底信じられないよ」
「ルトの故郷では、ちがうの?」
「ううん、同じだよ。僕の両親も情婦・情夫が何人もいるし。でも僕は嫌なんだ、そういうの。おまえは頭がおかしいって、兄さんやナーゼルにもバカにされるんだけど、温かい家庭を築くのが昔からの夢でさ」
ルトの言葉にアイーダは、はっとさせられる。
もやもやとしていた心の曇りが風にさらわれ、太陽に照らされていくようだった。
「素敵だと、思います」
「ありがとう。アイーダなら僕の考えに同感してくれるって思った。鳥だって伴侶が死んだら、その後も一生涯独りでいる種類がいて。なのに人間の僕らが情欲に溺れるのは良くないと思うんだ・・・・・・って少し気障だよね」
照れ笑いをする彼に、アイーダは、なんだか心が温かくなる。
「よかった。同じ考えの人がいて。わたしも生まれは、ここからずっと遠い国だから。ここの慣習についていけなくて。婚姻前に、その・・・・・・」
アイーダが言う、生まれ故郷というのは、鈴木 みつ子で居た頃の日本のことだ。
今の日本なら、結婚前に異性と交わることは珍しくない。
それでも、アイーダとして生きているこの世界は、彼女にとって異常にしか見えなかった。
「身体を重ねるのは結婚してからじゃないと。愛し合っているからこそ初夜は意味があることだと思うんだ。それだけ神聖なものなんだと思う」
ルトの結論に、アイーダは心が花を咲かせたように明るくなる。
穏やかに微笑むルトの姿が、かつての同僚の佐藤さんと重なった。
(ルト、いい人だな。もしかして本当に佐藤さんだったりして)
いくらなんでも、それはないだろう。
けれど、期待が高まり、気づいた時には、アイーダは質問をしていた。
「あ・・・・・・あのっルト、さんは今の自分になる前の、ずっとずっと前の記憶とか、あると思いますかっ?」
「ん? えーと・・・・・・。そうだなぁ、そういうのって僕もあると思うよ。こうしてアイーダと会えたのも何かの縁だと思うし。将来、僕の隣に君が居てくれたら」
希望に満ちたルトの声の響きに、アイーダは初めて胸が高鳴る感覚を得る。
胸の奥がピンク色に染まるのを感じた。
「はぁぁぁぁぁいすとっぷぅぅぅぅぅ! アイーダぁ、だんなとイチャつきたいのはわかるよ~。でも休憩時間終了でぇぇぇすぅう!」
サナが黒髪を揺らしながら、ずいっとふたりの間に顔を突き出した。
「ち、ちがっ・・・・・・」
「是非そうなりたいよ」
アイーダが否定するのを待たず投下されたルトの宣言に、きゃーっと色めき立った声が上がる。
すっかりルトとの会話に浸っていたら、周りに一座が全員集合していた。
どこから会話を聞かれていたのだろうか。
またもや冷やかしの嵐に、もまれて恥ずかしい。
だが、アイーダも内心まんざらでも無かった。
恋愛なんて自分には無縁のものだと思ってたけど、関心を持たないようにしていたけれど。
『叶うかもしれない』
そんな考えが浮かぶのが、くすぐったくて、うれしかった。
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