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「わぁっ」
紺青の夜空に散りばめられた、金色の星々と少し欠けた輝く月。
眼下に広がる街は、琥珀色の洋燈の明かりが灯る。
まるで、天と地が繋がっているみたいだ。
星たちのサンザメラキさえ聞こえてきそうだった。
吸い込まれそうな深い青に、どろりとした気持ちの悪さも消えてゆくかのようである。
「はい、アイーダ。シャーベット水。よく冷えてるよ」
「ありがとう」
アイーダは、ルトから金属製の杯を受け取った。
ひんやりとしていて、持った瞬間、指先か熱を奪われる。
シャーベット水は、いわゆる砂糖水だ。
氷は入っていないけれど、湧き水みたいに冷たい。
ひと口飲むと甘い砂糖を溶かし込んだ液体が胸に沁み込んでいく。
瞬く星と透き通るような味のシャーベット水。
アイーダは、このふたつが共鳴している気分になった。
「ボクにもシャーベット水ちょうだいぃ」
景色に見とれていると、ムーニャがアイーダの額に頭突きをしてくる。
真っ黒な体毛が夜空と同化して、金色の目だけが浮いているようだ。
「わかってるわよ」
ルトに聞こえないよう、アイーダは小声で返した。
杯を傾けてやるとムーニャは頭を突っ込んで、ぴちゃぴちゃと舐める。
「ふぃ~、よく冷えてるにゃあ」
舌なめずりをするムーニャの顔はシャーベット水で、べったべたになっていた。
(部屋に戻ったら洗ってあげないと)
アイーダは困ったように笑う。
猫だけど、手のかかる弟か妹の世話をしているみたいである。
「どうしたの? なんか面白いモンでも見えたの?」
「ううん。本当に見事な星空ね。プラネタリウムもいいけれど」
不思議そうにたずねてくるルトに、アイーダは思ったままの感想を言う。
「ぷらねたりうむ?」
「あっ、本物は、やっぱり素晴らしいわね」
この世界には電気やITは存在しない。
アイーダは言い直した。
先端技術が古い記憶なんて、おかしな話だ。
「本物って、箱入り娘だったワケじゃないだろ?」
「え、ええ。まじまじと星を見る機会がなかったから」
訝しがるルトに、なぜだか妙な違和感を覚えた。
アイーダの胸中にもやもやした煙が漂う。
だが、彼女は思い過ごしと判断した。
さっきの舞台と国王のことが燃え残っているのだろうとーー。
「ありがとう、ルト。お陰でよく眠れそう」
隣に立つルトにアイーダは笑顔で礼を告げた。
このとき、自分に危機が迫っているなどと彼女が思う筈がなかった。
「ルト?」
声をかけても返事がなくて不思議に思い、彼の名を呼んだ。
それでも返事はない。
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