第三章 剥き出しに 芽吹き 果肉は柔い ☆

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「ん・・・・・・――」  ゆるゆると意識が浮上する。  麻酔から覚めた直後みたいな、体の重さを認識すらできないほどの怠さに支配されていた。  やっと持ち上がった瞼の隙間から、いつもの白い壁が見える。  カーテンから漏れる日光も変わりなく強烈だ。  ぐぅすう、ぐぅすう・・・・・・と、寝息が聞こえる。  胸元に温もりを感じてアイーダが見下ろせば、ムーニャが丸まっていた。 (昨日のことは夢・・・・・・?)  一瞬だけそう思えた。  毎朝目覚める度に、うんざりしていたこの部屋の光景で安堵感を覚えてしまうとは。  アイーダは人形みたいに、かたりかたりとする腕で上半身を起こした。 「――ッ‼」  ポンチョを着ていて安心していたが、その下は何も身に着けていない。  大きすぎる胸を覆う上衣も、足元に揺れるスカートも、下穿きもない。  下半身の開放感に、絶望するしかなかった。  枕元の鏡台には、涙でぐちゃぐちゃになった化粧と、ぼてっと腫れあがった瞼に大きな隈をこしらえた顔が映っている。  頭も心もずきずきと痛みを発し出した。  こめかみを抑えつつもアイーダは、蒸しタオルを作らないと、と思った。  今夜も舞台が待っているのだ。  少しでも腫れと隈を抑えなければ。  化粧でごまかせるくらいの状態には持っていきたい。  “転職―――“  そんな言葉も頭を過るが、そもそも、この世界の住人として育ってきた記憶がないのだ。  どう生きて行けばよいか、何も要領がつかめない。  今も訳が分からなくて混乱していて怖いのに、そこから先のもっと訳が分からない世界になんて怖くて踏み出せない。  記憶があやふやな未知の世界で、新たなことに身を投じるなど、そんな挑戦心にすべてを任せられるような、度胸はなかった。  あんな下品な男たちの前で性を売り物にしたくなんかないけれど、我慢していれば一応、衣食住には困らない。  ——今のままが安全だ。  ずるずると体を引きずり、アイーダは箪笥の引き出しを開けた。 「ん~、みつ子ぉ? 今日は寝てなよっ」  寝ぼけ眼のムーニャが一気に目を覚まし、目の前に飛んでくる。 「そういうわけには・・・・・・」 「生真面目さがキミの長所だけど、こうゆうときは休まなきゃだめだよぅ‼」  体調が優れない時は休養をとってしかりなのに。  “具合が悪くても働くことが美徳“との刷り込みは、生きる世界が変わっても、そう簡単には変わらないようだ。  この環境下なら多少時間に遅れたところでも、誰も気にもしないと、はっきりしている。  それでもアイーダ《みつ子》は心身の不調を無視して仕事をしようとしている。  もはや呪いと言っても過言ではないだろう。    アイーダはおぼつかない手の動きで、着替えを取り出す。  体が怠い。沼に足から何から、全部が取られたみたいだ。  ムーニャの言葉も頭に入らず、いつもの習慣で機械的に部屋の鍵を開ける―――。    開けようとした。
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