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「安心しろ。媚薬など入ってはいない。薬も私の薬師が調合した」
露骨に怪しむアイーダを前に、ヘサームはスプーンを手にする。
彼は料理と杯の薬を自らの口に運んで見せた。
驚くアイーダに、ヘサームは続ける。
「今宵も、おまえの舞を愉しみにしているぞ」
にやりと笑い、彼は召使とともに部屋を後にした。
(びっくりした・・・・・・。まさか毒見するなんて)
でも、これで安心だ。
アイーダは、気を取り直して中皿の料理を口にした。
「おいしい」
なんだか疲れた体に沁みこんでいくみたいだった。
ひとくち、ふたくちと食べ進めるうち、気がつけば、すべて平らげていた。
液体状の薬が入った隣の杯も、いい調子で手にとる。
薬と聞くと、やはり飲む前に躊躇してしまう。
とまどいつつアイーダは、ひとくちだけ飲んでみた。
「・・・・・・飲みやすい」
さすが国王専属の薬師だけある。言われなければジュースと思ってしまうくらいだ。アイーダは、ごくごくと杯の残りを飲み干した。
「ねぇ、アイーダ」
「なに? ムーニャ。ご飯なら」
「それも重大だけどさっ。その、今のって間接キス」
カシャーンッと、今度は高い金属音が床で鳴った。
アイーダはぶるぶると震えながら、落としたスプーンを凝視する。
ヘサームは杯自体に口をつけたわけじゃないけど、彼は、さっきスプーンで食事も薬もすくって食していた。
ムーニャの指摘を受けて、和らいでた気持ちが強張った。
(絶対に、わざとだ)
ほんのわずかでも見直してしまったことをアイーダは後悔する。
キスが些細なことと言い捨てて、夜な夜な女を食い漁る人だ。
間接キスなんて、呼吸することと同じで、なんとも思っていないに、ちがいない。
激しい後悔と怒りがアイーダの体中を巡った。
(なんなの、あの男)
スプーンを食卓に戻し、アイーダは、ぼふっと寝台に体当たりするように横になる。
ムーニャは「ご、ごめんにゃぁ」と表情で耳と尻尾を下げていた。
アイーダを思ってのことだったが、蛇足だったと、しょげている。
「ほ、ほらっ。お花はキレイだよぅ!」
食卓に添えられていたアネモネとスミレを抱え、ムーニャはアイーダの枕元に飛んでくる。
ふたつの花は、砂漠の中とは思えないほど瑞々しい。
本当に、どうしてなのだろうか。
そんな疑問が、ぽつり浮かんだが、アイーダの意識は眠気にさらわれてしまう。
甘い口当たりの薬が、唾液と混ざって喉にねっとりと残っていた。
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