第三章 剥き出しに 芽吹き 果肉は柔い ☆

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「まだ熟れきらぬか。青いまま、樹と心中したいのか?」 「・・・・・・っ」  抵抗したくても、アイーダは体がカタカタと震えてしまう。  本当は、この男の顔を引っ叩いてやりたいのに。 「っ・・・・・・ふっ・・・・・・」  代わりにアイーダの瞳から涙が零れる。  思うように動かせないのに、与えられた刺激にはあっさり反応する。  歯痒くて、苦い体。  しかし、アイーダの様子など意にも介さず、ヘサームは布の包みを押しつける。 「今夜からはこれを着ろ。振りはお前に任せる。これまで以上に連中を満足させろ」  一方的に言い終えると、ヘサームは踵を返した。  アイーダが包みを開けると、やはり中身は舞台衣装だった。  だが、その卑猥さにアイーダは羞恥と怒りが湧いた。 「・・・・・・っこんなの着られない」  作りは手持ちの舞台衣装と同じ。でも、肌を覆うのは先端と局部だけだ。 (これじゃあ、胸だってお尻だって、丸見えじゃない)  ——ヘサーム王は本気で、じぶんを餌にする気だ。 (そんなに懐を肥やしたいの? だったら賄賂(わいろ)でも、なんでも贈ればいいじゃない。わたしなんか使わなくたって)  今日は何度絶望を味わえばいいのだろうか。  苦さが下顎から滲みあがって、喉へと沁みていき嘔吐しそうだった。 「アイーダ様」  感情の読み取れない声に、アイーダは意識が現実に引き戻される。  いつのまにか、ひとりの女官がそばに立っていた。  ヘサームと入れ替わりに入ってきたのだろうか。 「お手紙でございます」  女官は一通の封書を手渡すと、必要事項だけ述べ、さっさと出て行った。  受け取った封書の宛名は『シェラカンド王宮内・アイーダ』となっている。  裏返すと―――。 「タラーイェ・・・・・・‼」  差出人の名前にアイーダは、びりびりと封筒の端を破いた。  共に行動していた記憶は、ここ一ヶ月のものしかなくても、孤立したアイーダには、旧友からの手紙同然だった。あわてて書いたらしく、几帳面なタラーイェにしては、めずらしく走り書きの文字が並ぶ。    アイーダは食い入るように手紙を読んだ。 『——親愛なるアイーダ    突然ごめんなさい。  早朝に座長から叩き起こされて、一座全員シェラカンドを立つことになったわ。  昨日の晩、ヘサーム王が宵の翠玉を身請けしたいと申し出たらしいわ。  座長のことだから相当吹っ掛けたのでしょうけど、あなたならそのくらい当然よ。  本当はちゃんとお別れをしたかったけれど、あなたを陛下に渡した時点で契約が切れて超過料金がかかるからって。本当に座長らしいわ。  私たちは今、シェラカンド最寄りのカリーブに逗留しているの。  あの座長のことだから、しばらくここで踊る羽目になるでしょうね。  シェラカンド王宮付きの踊り子なんて、大変な名誉よ。  アイーダ、心からの祝福を。また会いましょうね』  読み終わり、アイーダの手から、ぱらっ、と便箋が床に落ちた。 「・・・・・・ムーニャ」 「なぁに? アイーダ」 「カリーブって、ここから、どのくらいのところにあるの?」 「ん~最寄り町なら、おいらが飛んでも7日・・・・・・って、ちょっ、みつ子⁉」  ムーニャの言葉が耳に入るや否や、アイーダは後宮を飛び出した。
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