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「ぐぬぬ。またオマエか‼こわっ・・・・・・ぱ」
ジャービル王は、再びルトに邪魔されたと思い込んでいた。
「申し訳ありません。この踊り子、風邪を罹患しております故。ジャービル様がお風邪を召されては、お国の一大事にございましょう」
アイーダをジャービル王の毒牙から救い出したのは、宴の際、厄介な国賓たちをさばく、シェラカンドの大臣・ファティだった。
「シェラカンドの大臣と申しても、一国の王であるワシに無礼じゃわいッ‼」
わめくジャービル王相手に、宮使いであるファティは柔和な笑みを崩さない。
「輸入の件に関して、主が話を進めたいと申しております」
「ナニッ⁉ヘサーム王がかの?」
「はい。是非ともこの条件で」
ファティは懐から羊皮紙を取り出し、ジャービル王に差し出す。
ジャービル王はそれをひったくると隅々まで目を皿のようにして読んだ。
「流石はヘサーム王ッ‼若輩者でありながら、まっこと良くできたお人よのう‼大臣殿、ヘサーム王にこの件快諾したと伝えてくれい」
「はっ。ありがとうございます」
ファティは、小躍りしながら去るジャービル王を、敬礼し見送った。
「大丈夫ですか?アイーダ殿」
アイーダは、こちらに向き直った心配そうな表情のファティと目が合う。
陶器のような白い肌に、麦の穂色した髪と碧藍の瞳。
ヘサーム王とは異なるその美しさは人形のようだった。
「ファ、ティ・・・・・・さ、ま」
大量の塩辛い涙が、アイーダの頬をびしゃびしゃに濡らした。
張りつめた恐怖と緊張が切れる。
ファティは懐から手ぬぐいを取り出し、アイーダに差し出す。
アイーダは、しゃくりあげながら薄い布をやっと掴み、顔を押しつけた。
「ここに居ては、また別の者に捕まってしまいます。さ、後宮へお戻りに」
ファティにうながされるがアイーダは激しく首を振った。
「嫌です! あんな恰好でっ、踊るくらいなら・・・・・・死んだほうがっ」
「ならば、簪で喉を突くなり、紐で首を括るなり、舌を噛み切るなりしろ」
残酷な言葉を発する声の主は、脱走の原因になる品を渡した張本人だった。
アイーダが手ぬぐいから顔を離すと、ヘサームが目の前の壁にもたれ掛かっていた。
腕組みをしたヘサームは怒りを滲ませている。
勝手なことをするなと腹を立てているのだろう。
怒っているのはこっちだとアイーダは手ぬぐいを握りしめた。
「主。アイーダ殿は王宮へ参ってまだひと月です。一座とも突如別れたのですから、今宵は」
「駄目だ。連中は宵の翠玉に骨抜きにされている。あと一押しで全員が落ちる。この好機を逃すわけにはいかぬ」
(なんでっ・・・・・・わたしばかり)
意見をぶつけ合うふたりの男を前に、アイーダは愕然とする。
(こんなセカイ、わたしは望んでない)
そう思った途端、アイーダの体は動いていた。
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