第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

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「ぐぬぬ。またオマエか‼こわっ・・・・・・ぱ」  ジャービル王は、再びルトに邪魔されたと思い込んでいた。 「申し訳ありません。この踊り子、風邪を罹患(りかん)しております故。ジャービル様がお風邪を召されては、お国の一大事にございましょう」  アイーダをジャービル王の毒牙から救い出したのは、宴の際、厄介な国賓たちをさばく、シェラカンドの大臣・ファティだった。 「シェラカンドの大臣(ワジル)と申しても、一国の王であるワシに無礼じゃわいッ‼」  わめくジャービル王相手に、宮使いであるファティは柔和な笑みを崩さない。 「輸入(しゅにゅう)の件に関して、主が話を進めたいと申しております」 「ナニッ⁉ヘサーム王がかの?」 「はい。是非ともこの条件で」  ファティは懐から羊皮紙を取り出し、ジャービル王に差し出す。  ジャービル王はそれをひったくると隅々まで目を皿のようにして読んだ。 「流石はヘサーム王ッ‼若輩者でありながら、まっこと良くできたお人よのう‼大臣殿、ヘサーム王にこの件快諾したと伝えてくれい」 「はっ。ありがとうございます」  ファティは、小躍りしながら去るジャービル王を、敬礼し見送った。 「大丈夫ですか?アイーダ殿」  アイーダは、こちらに向き直った心配そうな表情のファティと目が合う。  陶器のような白い肌に、麦の穂色した髪と碧藍(へきらん)の瞳。  ヘサーム王とは異なるその美しさは人形のようだった。 「ファ、ティ・・・・・・さ、ま」  大量の塩辛い涙が、アイーダの頬をびしゃびしゃに濡らした。  張りつめた恐怖と緊張が切れる。  ファティは懐から手ぬぐいを取り出し、アイーダに差し出す。  アイーダは、しゃくりあげながら薄い布をやっと掴み、顔を押しつけた。 「ここに居ては、また別の者に捕まってしまいます。さ、後宮へお戻りに」  ファティにうながされるがアイーダは激しく首を振った。 「嫌です! あんな恰好でっ、踊るくらいなら・・・・・・死んだほうがっ」 「ならば、(かんざし)で喉を突くなり、紐で首を括るなり、舌を噛み切るなりしろ」  残酷な言葉を発する声の主は、脱走の原因になる品を渡した張本人だった。  アイーダが手ぬぐいから顔を離すと、ヘサームが目の前の壁にもたれ掛かっていた。  腕組みをしたヘサームは怒りを滲ませている。  勝手なことをするなと腹を立てているのだろう。  怒っているのはこっちだとアイーダは手ぬぐいを握りしめた。 「主。アイーダ殿は王宮へ参ってまだひと月です。一座とも突如別れたのですから、今宵は」 「駄目だ。連中は宵の翠玉に骨抜きにされている。あと一押しで全員が落ちる。この好機を逃すわけにはいかぬ」 (なんでっ・・・・・・わたしばかり)  意見をぶつけ合うふたりの男を前に、アイーダは愕然とする。 (こんなセカイ、わたしは望んでない)  そう思った途端、アイーダの体は動いていた。
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