第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

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 アイーダはヘサームの佩刀(はいとう)に、目いっぱい手を伸ばした。 「アッ‼」  だが、赤子の手を捻るように、ヘサームはアイーダ後ろ手に捕らえる。 「おまえ程度の小娘が奪えるほど安くはない」 「陛下っ!」    ファティが焦った声を上げた。  骨ばった手が、アイーダの手首に、がっちりと巻きつく。  固く、幾層にも重ねられた肉刺(まめ)が、鍛錬の凄まじさを物語っていた。 「っ、そんなにわたしが気に入らないならっ、ここでわたしを斬ってよ」 「ちょっ‼みつ子。なに言い出すんだよぉ‼こないだ死んだばかりじゃないかッ」  叫ぶアイーダにムーニャが反論する。 「もう、こんなセカイにいたくないもの」  ムーニャの姿が見えないファティは、心配そうな視線を送るだけだが、ヘサームは怪訝そうな表情を、目だけに浮かべた。 「いい度胸だ」  ヘサームはアイーダの手首を離すと、ドンッと背中を押した。 「あっ」  よろけたアイーダはファティの腕の中に飛び込んでしまった。 「ファティ。舞台前後、こいつの送り迎えをしろ。また馬鹿なことを仕出かさないようにな」 「・・・・・・承知致しました」  ファティは主君の言いつけを受け、(こうべ)を垂れた。  風を切って去るヘサームの背を、アイーダは憎悪の目で睨みつけるしかできなかった。  鼻孔に居座る麝香の匂いさえ憎たらしい。 「主のこと、悪く思わないでくださいね」  上から静かな声音が降ってくる。 「あ、申し訳ありませんっ」  アイーダは慌ててファティの腕から離れて頭を下げた。 「いえ、こちらこそ失礼致しました」  ファティは謁見の時の印象のまま紳士的だ。 「主は国のことになると、周りが見えなくなってしまう所があるのです。アイーダ殿に対する仕打ちも国の繁栄を第一に願ってのこと。それほど貴女の舞を評価されているのです」 (そうは思えないけれど)  大臣という立場上、承服できないことも頷かなければならないのだろう。  むしろ、あんな暴君を庇うファティにアイーダは同情した。 「王宮での暮らしに慣れるまで、アイーダ殿にはお辛いと存じますが、主に代わり、お詫びとお礼申し上げます」 「そんな・・・・・・」  いち踊り子に頭を下げる大国の大臣に面食らうしかない。  どこまでも真摯な態度にアイーダは申し訳なさが募った。
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