第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

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「アイーダと申します、本日からお世話になります」  四人の男たちを前にアイーダは深々と頭を下げる。  ファティに付き添われて後宮に戻るのと入れ替わりに、アイーダは敷地内の離れへと女官に案内された。  今夜の舞台の稽古で新しい楽師たちと対面するためだった。 (全員シェラカンドの楽師だって聞いたけれど。やっぱり、あの暴君みたいに酷いのかな)  彼らは、ルンマーン一座の楽師たちよりも若く、少々やさぐれているように見える。  アイーダが新入社員の気分で肩をすくめていると、楽師のひとりが、ずい、と顔を近づけてきた。 「へ~ぇ。やっぱ宵の翠玉っていわれるだけあって美っ人だね~‼」  日本人に近い黄色の肌で、オールバックのように流した赤茶色の髪が炎みたいだ。  大きな真鍮のフープピアスと、大振りの首飾りをしている。  上半身は直にベストを着ているのみだ。  毎晩、毎晩、執拗に自分の身体をべたべたと舐め回す、王族たちの視線よりかは、幾分かマシではあるけど、やはり性的な視線は気持ち悪い。  アイーダが何も言えず黙って視線を下に落としていると、「わっ」という声と、ドスの聞いたガラガラ声が聞こえてきた。 「くだらねーこと、してんじゃねー‼本番まであと二時間だ。とっとと仕上げるぞ」  一番ガタイのいい楽師が、赤茶髪の首飾りの後ろを掴んで持ち上げている。 「げへぇっ‼くっそ‼ヴァファー、てめっオレをコロス気かよ‼」  赤茶髪の楽師が咳き込みながら、ガタイのいい楽師を睨みつけた。 「時間がねぇこたぁ、てめーもわかってっだろ‼」  ヴァファー、と呼ばれた楽師は怒鳴り返すと、赤茶髪の楽師をずるずると引きずっていく。  アイーダが、あっけに取られていると、『こいつバカ力だろ~?』と赤茶髪の楽師が顔とジェスチャーで伝えてきた。 「ったく! いつもなら、とっくに終わってるってうゆーのによ」  ヴァファーが苛立った口調で零す。 「ぼくらも急の呼び出しだったからね、一昨日ヘサームから手紙届いて早馬で」 「人使いが荒い」  静観していたふたりの楽師の言葉にアイーダは、いたたまれなくなった。 (一昨日? そんないきなり、この人たちは呼び出されたの? 今夜からの舞台のために) 「ごっ、ごめんなさい‼わたしが・・・・・・逃げ、だそうとしたから・・・・・・。ご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした‼」  前屈する勢いで頭を下げる。  最悪の環境下に無理やり落とされ、閉じ込められて、辛かった。  でも、自分が逃げ出したことで、周囲に損害をもたらしてしまうのはアイーダは申し訳ないと思った。 「そうだよね」  一番背の低い、言葉数が少ない楽師が冷めた表情で言う。  その言葉が、ぐさりとアイーダの胸に刺さった。
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