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「意っ外だな~‼も~っとさ~、高慢ちきなオンナかと思ってた‼」
おおげさな声を上げたのは赤茶髪の楽師だった。
(わたし、そんなに高飛車に見えていたのかな)
彼の言葉には、べつの意味でへこんでしまう。
みつ子でいた時も、外見はコンプレックスだらけで、馬鹿にされていた。
見た目で判断されたくはないが、180度ちがう今の姿でも、悪い印象をもたれているとは思っていなかった。
ルンマーン一座の踊り子の中にも、アイーダに対して陰口を吐く者がいたように、彼女の引っ込み思案すぎる振る舞いは、鼻に着くと受け取られたのだろう。
「詫びんなら、とっとと自分の仕事をしなー‼てめーらもチンタラすんな‼」
「ていうか時間無駄にしてるの、ヴァファーとジャバードだよ」
短髪の黒髪にカフィーヤを額に巻いた楽師が冷静に突っ込む。
言葉の少ない楽師も深く頷いた。
「ぼくらは、全員シェラカンド生まれのシェラカンド育ち。音楽学校からの腐れ縁。ぼくはハーディ、隣はイスマーイール。で、もう覚えたかもしれないけれど、念の為、ジャバードとヴァファー」
「よろしく」
言葉数の少ない、イスマーイールが淡々と挨拶する。
イスマーイールはこの国の人間にはめずらしく、露出の少ない恰好をしていた。カフィーヤを被り、長袖の上衣と足首部分をすぼめた太いパンツを履いている。
「よ、よろしくお願いします」
アイーダは三度、深々と頭を下げた。
「ヘサームのヤツが強引なのは毎度毎度のことだし、気負うのも分かんなくはね~よぉ‼」
「きゃぁああああああッ‼」
ヴァファーに引きずられていったはずの赤茶髪の楽師、ジャバードに抱きつかれ、アイーダは悲鳴を上げる。
「やっば‼すんげ~気持ちい~‼・・・・・・その辛気臭い服脱がね~?」
下心丸出しな眼差しを向けてくるジャバードにアイーダは硬直するしかない。
「だッ‼」
「油売ってんじゃねー‼練習はじめっぞ‼」
ヴァファーがジャバードの後頭部を、ぼかり、と殴り、再びずるずると引きずっていった。
『ね~‼バカ力だろ~‼』と、ご丁寧にジャバードが身振り手振りで説明するのも二回目である。
そのやりとりが可笑しくてアイーダは思わず笑っていた。
「キミ、その顔してたほうがいいよ。四六時中。」
淡々とした口調から、今の声はイスマーイールだろう。
アイーダがイスマーイールのほうを向いた時には、彼は壁際に立てかけてある楽器のほうにいた。
とまどったまま、そのちいさな背中を見つめていると、ハーディが言葉を補足する。
「ぼくもイスマーイールに賛成。アイーダ、ずっと八の字眉にへの字口になってたよ。そんなんだとシェラカンド専属の踊り子なんて務まらないよ」
「・・・・・・はい」
ハーディも踵を返して楽器を取りに行く。ジャバードとヴァファーも楽器を手にしている。
「だいじょうぶ? みつ子」
ムーニャが心配そうな声を出す。
「だいじょうぶ。あの人たちに、迷惑をかけるわけにはいかない」
眉を下げるアイーダに、ムーニャは、すりすりと頬をくっつけた。
これも、ヘサームの手だったのかもしれない。
生真面目なアイーダなら、例え自分にとって不本意なことでも、周囲に影響するならば、受け入れると。
頬に懐かしい体温を感じながら、みつ子は艶めかしく舞うための準備を——・・・・・・、踊り子・アイーダになるための覚悟を決めた。
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