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夕日は名残惜しさに、その身の色を残しながら、藍青に飲み込まれ姿を消す。
今宵も肉欲の宴の始まりを告げた。
大広間では、通常よりも大勢の客で埋め尽くされていた。
「宵の翠玉が、シェラカンド付きの踊り子になったとか」
「これで、わざわざ逗留先を探さんでも済みますな」
銀の杯を傾けながら、下膨れ顔の国王と丸顔の国王が顔を見合わせる。
「まぁッ!所詮は道端の石ころではありませんの‼」
「愛でるのは、そのお目だけになさってくださいね‼」
ふたりの膝に乗る貴族令嬢が金切り声を上げる。
砂漠のど真ん中にある大国での変わり事は、大小関係なく、すぐさま知れ渡る。
極上の料理に、美酒に、淫楽に溺れる客の間をファティが召使、女官と共に行き来する。
「あ~くそっ‼こちとら、これから仕事だっつ~のに、あ~・・・・・・。目の前には超美人がいるっつ~のにさ」
舞台奥の通路から、客人たちの情交を覗き見しているジャバードは、お預け喰らった犬のようにアイーダを見る。
なんとも反応しづらく、アイーダは苦笑いした。
シャリッ、と衣装のコイン飾りが鳴る。両腕で胸を隠しながら、頬が恥ずかしさに全身が熱くなるのを感じた。
「キミって絶滅危惧種だね」
「イスマ。オレは棚じゃねえっての」
頭に楽器を置かれ、ジャバードがイスマーイールに苦情を漏らす。
「ほらほら。本番前に主役をからかうんじゃないよ」
ハーディがジャバードの耳を引っ張った。
「くっ、ハーディ、てめっ・・・・・・ぐげぇッ」
「イチイチこいつのゆーこと、真に受けんじゃねー‼客を落とすことだけ考えりゃーいい‼」
「は、はい・・・・・・」
そしてヴァファーがジャバードの首飾りを引っ張る。
少しジャバードが、かわいそうに思えるが、アイーダはこの世界で初めて青春っぽいものを見た気もした。
「・・・・・・そろそろだね」
ジャバードに乗せた楽器を持ち直し、イスマーイールが呟く。
召使たちが大広間の灯をひとつひとつ消していく。
こちらに僅かに届いていたオレンジ色の光がふっと消える。
「じゃあ、行くよ」
ハーディが合図した。
「はっ‼とんぼ返りさせられた鬱憤、晴らさせてもらおーじゃねーか‼」
「今夜は音まちがえないでよね。ジャバード」
「イスマ! いちいち、うるせッ‼アイーダ、終わったらご褒美ちょ~だいね」
四人は一足先に舞台へと足を向ける。
ぞくり。
その姿にアイーダは体中がざわついた。
一歩―――。舞台へ踏み入れた途端、彼らの纏う空気が一変する。
減らず口を叩いていた奴らとは思えない、伶人へと変わった。
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