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「陛下」
ヘサームの元に、銅(あかがね)の髪を靡かせた王女が歩み寄る。
「これはシュラ王女。我が主催の宴、楽しんでおられますかな?」
「ええ、とても・・・・・・。陛下に耳寄りな情報を」
ヘサームは目を細める。
「それは、どのようなものですかな?」
「今夜はわたくしと過ごして頂けます事?お父様に輸入(しゅにゅう)の件、ヘサーム様の御心に添える様、お願いしてみますわ」
シュラは寝椅子の前に跪き、上目遣いでヘサームを見上げる。
「奇遇ですな。私も同じことを考えていた」
ヘサームは長い指で王女の顎を掬った。シュラは雌の色を孕ませた目で、ヘサームの双眸を見つめ、艶紅を引いた唇を僅かに開いた。
「ン・・・」
くぐもった王女の声が、ヘサーム王の唇に飲み込まれていった。
音楽が止まった瞬間、大喝采と割れんばかりの拍手が起きた。
「はぁっ・・・・・・、はっ・・・・・・、はぁっ」
観衆の声に紛れて、アイーダは大きく肩を上下させて呼吸する。
これまでも息は上がったけれど、今夜のはちょっと違う。そう、燃え尽きたような。
ぶわっと噴き出す汗さえも、すごく気持ちいい。こんなの初めてだ。
4人と一緒に客席へお辞儀をし、どきどきと高鳴る心臓を宥めながらアイーダは舞台裏へと戻った。
高鳴る心臓をおとなしくさせる為、ポンチョで身体を覆う。真っ黒な布の下で興奮に震える自身をぎゅっと抱いて撫でた。
「超よかったよアイーダ~‼」
「ひゃあッ‼」
首と背中にどかっと重い衝撃。と同時に、どたんと床が鳴る。
ジャバードに背後から抱きつかれ、アイーダは前のめりに倒れてしまった。
ヘサーム王程ではないが、やはり大人の男性。腕の力は強い。圧し掛かられるこの体勢では抜け出すのも不可能だ。
「お調子者」
イスマーイールが呆れた声を出す。
「てめー、酔ってんのかー?‼楽器はシラフで引くのが流儀だろーがー‼」
「ぐぇッ‼人の恋路ジャマすんな、くそ力‼」
ジャバードの声が体重といっしょに上へと離れていく。
「ジャバードは、そんなだから女の子に逃げられるんだよ」
ハーディに手を差し出され、アイーダは遠慮がちに手を握って立ち上がった。「オマエも抜け駆けすんな‼」とジャバードの声が降ってくる。
ジャバードは、またもやヴァファーに首飾りを掴まれていた。
「また明日」
そう言いながらイスマーイールは、さっさと貴賓室へと続く通路に歩いて行ってしまった。
「あ、お疲れ様でした」
アイーダは楽器を背負った、ちいさな後ろ姿を見送った。
「宵の翠玉の名は伊達じゃないね、こんな大喝采、浴びたことないよ」
「あ、ありがとうございます」
賞賛の言葉に、むず痒くなる。高揚感と相まって、何とも居た堪れない。
「明日も頼むぜー‼」
「は、はい・・・・・・。こちらこそっ」
ヴァファーの言葉にアイーダは頭を下げる。一番厳しげだった彼に、そう言われると、少しだけ認められたような気持ちになった。
「あ~。でも、そのジャマ臭い真っ黒い布がなけりゃあな~」
首飾りを掴まれたままのジャバードが、アイーダのポンチョの端をぴら、と持ち上げる。
「オラ‼てめーさっきも間違えたろ‼鍛え直しだ‼」
『コイツくそ力でしょ~』の表情と身振り手振りを残しながら、遠ざかるジャバードに、アイーダは手を小さく振った。
「お迎えに参りました、アイーダ殿」
寸劇状態だった舞台裏にファティの落ち着いた声が響く。
ほんの数分前まで、客の間を行き来していたとは、微塵も感じさせない穏やかさだ。
「先刻の舞、大変すばらしかったです。主も喜んでおられます」
「ありがとうございます」
(本当にそうかな)
賞賛の言葉は正直うれしいが、あの淫乱暴君が、果たして自分の踊りを喜ぶかは、微妙な気がする。
さっきは踊るのに夢中で、ヘサーム王の視線にすら気が付かなかった。
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