第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

10/18
前へ
/225ページ
次へ
 寝台の上に畳んだ舞台衣装を見やる。 (こんな恰好で踊っていたなんて信じられない)  顔がカアーッと熱くなり、頬っぺたを手で覆ったアイーダは、あっ、となった。  顔の皮膚と、手の間に香粉(こうふん)の薄層が触れる。  舞台化粧も、まだ落としていなかったのだ。 「そんなの女官を呼べば・・・・・・」  アイーダの表情から察したムーニャが、寝台で丸まりながら言う。 「そのくらい自分で取りに行くわ」  寝台から立ち上がり、アイーダは扉に向かおうとする。 「迷子になっても知らないよぉ?」 「う・・・・・・。ムーニャ、ついてきてくれない?」  厨房は後宮と同じく王宮内にあるが、昼間脱走しようとして、しっかり迷ったばかりだ。  昨日まで、大広間と宿泊部屋を往復するだけだったし、この環境が恐ろしくて、気持ち悪くて、舞台以外アイーダは部屋に引きこもっていた。  舞台後、厨房に寄ってお湯をもらってはいたけれども、あれはルトが居たから部屋に戻れたのだろう。  しかし、本性はあんな(ヤツ)だった。今思うと、無防備すぎる自分が情けない。 「ふわ~ぁ。分かんなくなったら、起こしてよねぇ~」  ムーニャは、ふよふよ、と飛んできてアイーダの右肩に乗ると、そのまま丸まって寝てしまった。 「ありがと、ムーニャ」 「あとでメロン丸ごとね~」  お湯の入った木製ボウルを手に、アイーダは臙脂の絨毯が敷かれた廊下を歩く。  案の定、後宮を出て数十分後、昼間同様アイーダは迷子になった。  ムーニャのナビでなんとか厨房まで、たどりつき、お湯をもらえたのである。 「なんか、静かすぎて不気味・・・・・・」  洋澄の明かりで、ぼぅっと照らされた長い廊下は気味が悪い。  歩く距離自体は、前の宿泊部屋を往復するよりも短いのだが、夜の王宮内を往復するのは初めてだ。 「お化けは出ないから平気だよぉ」 「魔神だって、お化けみたいなものじゃない」  今日は遭遇しなくてよかったとアイーダは思う。  “ランプの魔神“と思えばいいのかもしれないけれど、絵本で見たのと実物を目の前にしたのでは全然ちがう。 「ムーニャ。ヘサーム王って、どうやって魔神を家来にしているの?」  何気なく、口にした疑問。  どう考えたって非力な人間が思い通りにできる相手じゃない。  ふつうに隷属させていることが異常であると、アイーダは改めて思った。 「みつ子、忘れちゃったの?魔神(あいつら)は——」   「アイー、ダっ・・・・・・‼」  ムーニャが言いかけた時だった。 「ッ‼」  アイーダは息を飲む。  目の前に赤ら顔のルトが立っていた。  いやらしい笑いを浮かべながら、千鳥足で近づいてくる。  アイーダは咄嗟に、洗面器を投げつけ、来た道を一目散に走りだした。  バシャッという音の後、ルトの不快な叫び声が足音と共に、追いかけてくる。 「アイーダ、ぼくだッ!君と話がしたいんだッ!!」  口など利きたくないので、アイーダはだんまりを決め込み徹底的に無視して必死に走った。 「うえ~、バカは嫌だねぇっ‼」  アイーダの顔の横を飛びながら、ムーニャがルトに向かって、べーっと舌を出す。  廊下に、バタバタとふたりぶんの走る音が入り混じる。 「アイーダッ、アイーダ!」 (しつこい!!)  段々、ルトの声が近くなってくる。 「うわぁっ‼ヤバい、追いつかれるよぅっ‼」  振り向きながらムーニャが叫ぶ。  アイーダは角を曲がり、近くの貴賓室の部屋に飛び込んだ。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

139人が本棚に入れています
本棚に追加