第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

11/18
前へ
/225ページ
次へ
 バタン――‼カチャリ。  鍵を掛け、アイーダは呼吸を整える。扉越しに未練たらたらのルトの声が聞こえていた。  流石に、自分から貴賓室には入ってこないはず。  扉に耳を付け、ルトの声が遠ざかるのを確認し、アイーダは安堵の溜息を洩らした。  しかし、この部屋に入ったことを即後悔する。 「ァ・・・・・・ッ、ん・・・・・・」  洋燈の明かりに照らされる二つの影。鋼の肉体と、その下でうねる曲線の四肢。  女体に覆いかぶさる、烏羽玉の黒髪と褐色の肌が嫌でも目に入った。 「騒々しい。踊り子が何用?」  褐色の逞しい腕の間から、敵意剥き出しで銅色の髪をした女が睨んでくる。 「も、もうしわけありません。男に追いかけられて」  アイーダはなるべく、まぐわう男女を見ないようにして頭を下げた。 「そんなもの相手をすれば済むことよ。あなたには丁度いいでしょう? あの商人なら」  女・シュラは蔑んだ眼差しでアイーダに言い放った。  (いばら)が巻き付くような声の響き。シュラは、褐色の肉体に爪を立てながら、指を悩ましく這わせる。  踊り子程度なら、商人がお似合いよというシュラの言葉が腹立たしい。  でも、アイーダは黙ったままだった。  みつ子の時も、後輩の高野に仕事を押し付けられても、陰口叩かれても何もできなかったのだ。 「ああんっ・・・・・・‼ヘサームさま、お噂通り、お上手ですわね」  聞くに堪えられない。  何が悲しくて、他人の閨なんかを見なければならないのか。 (ここを出れば、またルトに遭遇するかもしれないけれど、ヘサーム王のセックスを終わりまで見るなんて冗談じゃない‼) 「大変ご無礼致しました。・・・・・・失礼いたします」  アイーダは再度頭を下げ、扉の鍵を開けた。 「ここを出て左側の通路を使え。さすれば後宮はすぐだ」 「ヘサームさまっ?・・・・・・アアッ アァア‼」  ヘサームの助言に反論しようとしたシュラの声は、快感の一点を突き上げられ、喘ぎへと変わった。 「あっ、ありがとうございます‼」  アイーダは、ヘサームに対してお辞儀をして、あわてて部屋を出た。  ヘサームの言う通り、部屋を出て左側の通路を使ったら、間もなく花のモザイク扉の前に出られた。迷いに迷ったが、近くまでは来ていたようである。 「ふぇ~っ。飛び回ったら疲れたよぅ~」  へなへなとムーニャが寝台に落っこちた。 「わたし、も・・・・・・」  アイーダも、どさっと寝台に倒れ込む。今日初めて会った楽師たちと、初めての独り舞台で踊り、慣れない場所を走り回って、さすがに疲労困憊だ。  もう、動きたくない・・・・・・。 (ルトのせいでお湯が・・・・・・。明日、朝イチでもらうしかないか)  瞼が重くなってアイーダは微睡みに身を任せようとしていた。 「アイーダ様」  抑揚のない声に、ハッと意識が浮上する。   いつの間にか女官が立っている。しかも、その手には湯の入ったボウルがあった。 「陛下がお届けするようにと」 「あ、ありがとうございます」  さっきの一瞬で、化粧を落としていないと分かったのだろうか?  不思議に思いながらも、これで洗顔できるとアイーダは安堵した。  女官はボウルを床に置くと、一礼し、下がった。  花の香りの中に、石鹸の香りが沸く。  アイーダは、受け取ったお湯で舞台化粧を落とした。  温い湯が顔を包んで、素の自分へと戻していく。 「懲りない輩だったな」  今度は呆れたような声が部屋に響く。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

139人が本棚に入れています
本棚に追加