第一章 散る徒花

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 AM7:30―――。    夕飯の残りで朝食を済ませ、みつ子は出勤用の黒に近い濃紺スーツに着替えた。 「はぁ・・・・・・」    洗面所の鏡に映る自分からも溜息を贈られる。    スーツの間から見える白いYシャツの上に冴えない顔が乗っかっている。    いちいち自分の顔を確認なんかしたくないが、寝癖が付いたままだったり、ボタンを掛け違っているのを未然に防ぐ為には。 『太った菊人形がスーツ着てる~』    頭の中で、きゃらきゃらした声がチクリと胸を刺す。   (本当のことだから、何も言えないけれど)    ほんの数秒の音声は、何ヶ月も継続的に痛みを感じるのには十分だ。 「んにゃぁおんッ‼」    洗面台に、ぴょんっとクロが飛び乗る。    まんまるな目を大きく見開いて、期待に満ちた眼差しで見上げて来た。 「クロ、行ってくるね」  頭を撫でるとクロは、ゴロゴロ喉を鳴らし目を閉じた。  なるべく定時で帰って来たいが、きっと今日も残業だ。  空っぽのエサ皿に多めにキャットフードを入れて自宅アパートを出た。  外は天気予報通りの薄いブルーの空が広がっている。  高校卒業と同時に引っ越したアパートから徒歩三十分の地元中小企業。    バブル期に建てられたビルは雨風の影響で汚れが目立つ。  自動ドアを抜けて階段で三階へ向かう。  社員は階段を使えというルールを守っている人は、ほとんどいない。 「おはようございます」  バブル崩壊後の悲壮感が染みついた室内、5台の事務机を向かい合わせに付けた島が五つある。  始業時刻十分前だというのに、片手に収まる人数しか出社していない。  出入り口から一番遠い島、課長机の真ん前がみつ子の席だ。  みつ子は椅子に座り、PCを開いて電源を入れた。 「鈴木さぁんっ‼」  画面が立ち上がるのを待っていると、後輩の高野がヒールを鳴らしながら駆け寄ってきた。  手にはA4の茶封筒を抱えている。  いつも始業時刻の9:00を過ぎてから出社してくるのに。
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