第三章 剥き出しに 芽吹き 果肉は柔い ☆

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 とても居心地が悪い。  長い回廊を歩きながら、アイーダは処刑台に向かう罪人のような気分だった。  女官たちは、浮舟を運ぶ流れのようにアイーダを(さら)っていく。  威嚇される感じはないが、冷淡とした逆らえない。  乾いた心と体に、隙間風が吹いて痛い。  右肩に居るムーニャの体温が無ければ、凍えてしまいそうだ。 『買われた』なんて―――。  自分がただ売り買いされる道具になった気がして、存在していること自体が苦しくなる。  後宮(セラグリオ)だって、ヘサーム王が今まで食い漁った女たちの巣窟に決まっているだろう。  『デブ菊人形』  不意に、きゃらきゃらしたかつての後輩の声が脳裏に浮かび、アイーダは身を縮めた。  転生して、まったくの別人になった現在でも、自身を揶揄される状況は同じだ。  ましてや、これから、ドラマで見たような大奥バトルに放り込まれるのだと思うと足がすくむ。   「アイーダ様。こちらが後宮(セラグリオ)でございます」  ふたりの女官が、花のモザイク柄が施された扉を開ける。  開かれた通路の先にも、同様の壁が続いていた。  王宮はやたらと長い廊下が多い。  歩く時間と距離が長い分、恐怖は増長させられる。  絨毯が敷かれた通路を、アイーダはうつむいたままサンダルの底を擦って歩いた。  鼓動を打ち鳴らす心臓が痛い。   「日中は、このお部屋でお過ごしください」  女官の声に、アイーダは、はっ、と顔を上げた。  ——この先に、どんな恐ろしいものが待っているのだろうか。  しかし、部屋に一歩足を踏み入れたアイーダは息を呑んだ。  すべて大理石で造られた、象牙色の空間。  アーチ状の柱には丸みを帯びた幾何学模様(アラベスク)。  手入れされた中庭では、色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りが馥郁(ふくいく)としている。  噴水の奏でる水音が耳を癒し、清涼な空気が流れていた。  調度品も、天蓋付きの巨大な寝台をはじめ、高そうなものばかりだ。  「うわーっ‼ひっろぉい‼高級ホテルスイートみたい~っ‼」  ムーニャが興奮しながら飛び回る。  アイーダも、戸惑いながら歩みを進め、全体を見渡した。  さっきまで乾ききっていた心が、どきどきと循環する。  吸い寄せられるように、アーチ状の柱の輪郭を目で追っていくと、遥か頭上に荘厳な鍾乳石装飾(ムカルナス)が広がっていた。
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