第四章 咲き乱れし花と・・・・・・ ☆

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 アイーダが目を開けると、ムーニャがヘサームの右手に嚙みついていた。 「ムーニャっ!」 「ほう、随分と従順な(ペット)だ」  ヘサームは、ひょい、とムーニャの首肉を左手で掴むと、右手から引っぺす。  青と赤の眼前に吊る下げられ、ムーニャは耳と尻尾が完全に下がってしまった。 「みっ、みつ子をいじめるなぁよッ‼」  ガタガタぶるぶる震えながらも、ムーニャは脚を硬直させて威嚇する。 「やっやめて、ムーニャをはなしてっ」  アイーダが手を伸ばすが、ヘサームの腕に阻まれた。 「おまえ、なんの回し者だ。私とこの女以外、姿が視える者はおらぬ」  尋問されたムーニャは、真っ黒い毛の間から脂汗をだらだらと噴出させる。 「ムーニャは、ずっと前から一緒にいた家族よっ・・・・・・。あなたのことも、あなたの魔神たちのことも、怖がっているのよ。それなのに、なにかできるわけないじゃないっ」  恐怖を忘れ、アイーダはヘサームの腕から身を乗り出した。  ムーニャは、この世界で唯一自分をわかってくれる存在だ。  ヘサームによって消させるわけにはいかない。 「おまえは自分にしか視えない、こんな得体の知れぬモノを信用するのか?」 「だからっ、ムーニャとはずっと前から家族で・・・・・・っ。あっ」  急に足が床から離れる。  ヘサームはムーニャを放すと、アイーダを寝台に落とした。 「んっ・・・・・・ぁ」  それと同時にヘサームの唇がアイーダの唇に重ねられる。 「んぅっ」  角度を変えながら、何度も唇が擦れ合う。軽く開かれたヘサームの唇から洩れる吐息と、唾液でアイーダの唇も濡らされていく。  麝香の匂いと、女の残り香が喉の中に落ちてきた。 「っ はっ、ぅ・・・・・・」  そのむせ返る匂いと止められた呼吸に苦しくなる。 「本当に初心だな。昨夜散々啼いた癖にな」  指先程の、唇同士の距離で、ヘサームがつぶやいた。 「ッわたしは、この世界の人と、ちが、うっ・・・・・・。おねが、い・・・っ。や、めて」  色情を宿した、ヘサームの瞳に、アイーダは胸が、ぎりぎりと軋む。  残酷なまでの冷たく、欲を孕んだ目が獲物を屠ろうとする(けだもの)のようだ。 「やめてっ・・・・・・! やっ・・・・・・」  追い詰められた体勢に、アイーダは前夜に植え付けられた恐怖が蘇る。  翠色の瞳が涙で覆われ、ヘサームの双眸が水面の向こうで揺れた。  わけが分からないまま与えられることへの怖さとは、ちがう。 ——知っているから、怖い。  一度味わった恐怖は、これから与えられるであろう、それに絡みついた。
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