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アイーダが目を開けると、ムーニャがヘサームの右手に嚙みついていた。
「ムーニャっ!」
「ほう、随分と従順な獣だ」
ヘサームは、ひょい、とムーニャの首肉を左手で掴むと、右手から引っぺす。
青と赤の眼前に吊る下げられ、ムーニャは耳と尻尾が完全に下がってしまった。
「みっ、みつ子をいじめるなぁよッ‼」
ガタガタぶるぶる震えながらも、ムーニャは脚を硬直させて威嚇する。
「やっやめて、ムーニャをはなしてっ」
アイーダが手を伸ばすが、ヘサームの腕に阻まれた。
「おまえ、なんの回し者だ。私とこの女以外、姿が視える者はおらぬ」
尋問されたムーニャは、真っ黒い毛の間から脂汗をだらだらと噴出させる。
「ムーニャは、ずっと前から一緒にいた家族よっ・・・・・・。あなたのことも、あなたの魔神たちのことも、怖がっているのよ。それなのに、なにかできるわけないじゃないっ」
恐怖を忘れ、アイーダはヘサームの腕から身を乗り出した。
ムーニャは、この世界で唯一自分をわかってくれる存在だ。
ヘサームによって消させるわけにはいかない。
「おまえは自分にしか視えない、こんな得体の知れぬモノを信用するのか?」
「だからっ、ムーニャとはずっと前から家族で・・・・・・っ。あっ」
急に足が床から離れる。
ヘサームはムーニャを放すと、アイーダを寝台に落とした。
「んっ・・・・・・ぁ」
それと同時にヘサームの唇がアイーダの唇に重ねられる。
「んぅっ」
角度を変えながら、何度も唇が擦れ合う。軽く開かれたヘサームの唇から洩れる吐息と、唾液でアイーダの唇も濡らされていく。
麝香の匂いと、女の残り香が喉の中に落ちてきた。
「っ はっ、ぅ・・・・・・」
そのむせ返る匂いと止められた呼吸に苦しくなる。
「本当に初心だな。昨夜散々啼いた癖にな」
指先程の、唇同士の距離で、ヘサームがつぶやいた。
「ッわたしは、この世界の人と、ちが、うっ・・・・・・。おねが、い・・・っ。や、めて」
色情を宿した、ヘサームの瞳に、アイーダは胸が、ぎりぎりと軋む。
残酷なまでの冷たく、欲を孕んだ目が獲物を屠ろうとする獣のようだ。
「やめてっ・・・・・・! やっ・・・・・・」
追い詰められた体勢に、アイーダは前夜に植え付けられた恐怖が蘇る。
翠色の瞳が涙で覆われ、ヘサームの双眸が水面の向こうで揺れた。
わけが分からないまま与えられることへの怖さとは、ちがう。
——知っているから、怖い。
一度味わった恐怖は、これから与えられるであろう、それに絡みついた。
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