占い師ヒナコ姐さんの、お手製あんみつを召し上がれ

グラニュー男爵の怪奇譚

　なんてこと！　占い師『シェフシェンコ・ヒナコ』一生の不覚。三時のおやつの時間を間違えてしまうだなんて！　日頃クールビューティーなワタクシがこんなに取り乱しているにもかかわらず、そこの貴女はキョトンと随分平気な顔をしているわね。もしかして、貴女、ワタクシをご存知なくて？　稀代の心眼をもつ占い師。シェフシェンコ・ヒナコ様を！

「へえ、占い師さんなんデスカ？　通りで……」
　通りで何よ？　トレードマークの銀色ロングヘアーが気になるの？　それとも、ゴスロリチックなドレスが年甲斐にも無く似合わないとでも思っていたとか？　まあ失礼千万だこと。ところで貴女のお名前は……個人情報ですからと黙秘したって、占い師のワタクシにはムダなことよ。胸についているネームプレートを見れば『よしの』？　でも、『よしの』って、ひらがなだとイマイチ分からないわね。苗字なのか？　名前なのか？　もしかして『吉野佳乃』サンとか？　とにかく貴女を『よしの』チャンと呼ぼうかしら？

　あら！　店内のシャンデリアがピカピカ点滅し始めたじゃないの！　いよいよ亡霊紳士グラニュー男爵が来店してくるのよ。間違いないわ。
「あの〜、そのグラニュー男爵って、誰なんですか？」　
　よしのチャン、『グラニュー男爵の怪奇譚』を知らなくって？「はい、知りません！」て、ニッコリ愛想笑いを浮かべるのはヤメて〜！　いいわ、ヒナコ姐さんが簡単にレクチャーしてあげる。ホラ、貴女もソファに座りなさいな。そうじゃないとワタクシが貴女を説教している様に映ってしまうでしょ？

　そうそう、そうだったわね。グラニュー男爵とは、明治時代に横濱の居留地に住んでいた英国紳士サンなの。家族を国に残して単身赴任の彼はとても寂しがりやサン。唯一の楽しみといえば、甘いものを食べることだった……。大福、焼き芋、羊羹、干し柿……日本の色々な甘いモノを食べながら、グラニュー男爵が一番気に入ったのは……。
　ハイ、そこのよしのチャン、何だと思う？
「え？　え？　アタシですか？」って、単に話だけ聞いていれば良いと思っていたでしょ？　甘いわ、甘ちゃんだわ。ちなみに答えは……。

「あんみつデスカ？」って、どうして先に答えを言っちゃうのよ〜。流石はよしのチャン、伊達に深夜のファミレスバイトをやってはいないわね。
　そんなグラニュー男爵は長い船旅で日本に来たためか、何時まで立っても時差ボケが治らなかったの。真っ昼間なのに、眠くて堪らない。逆に真夜中に、目がギンギンに冴えてきたり……。お陰で約束の時間を間違えることも日常茶飯事。遂には、英国に帰国することになってしまったの。日本最期の思い出として、大好物なあんみつを是非食べたいと馴染みの甘味処まで馬車を走らせる。でもね、時差ボケ男爵サンは、あろうことかお昼の三時に行くつもりが、気づいたら夜中の三時に行ってしまったのよ。もちろん、夜中の三時になんか甘味処は開いている訳無いわ、その事実に気づいたグラニュー男爵はつい癇癪を起こしてしまう……。

『男爵が癇癪起こす！』なんて、ウプププ！　よしのチャン、なんで貴女はココで笑わないの？
「え？　ああ？　面白いデスネ」って、だいぶ遅れて愛想笑いを浮かべるのはヤメて頂戴〜！　グラニュー男爵は手にしたステッキをぶんぶん振り回して、馬車の馬に当ててしまう。それに驚いた江戸っ子気風なお馬サンが『何しやがんで〜』とグラニュー男爵を蹴り飛ばし、不幸にも男爵はそれっきりに……ただ最期の一言が……

『あんみつ、タベタイ』

　コワいわ〜、ヒナコ姐さん、怖いわ〜！　あんみつを食べたかった未練を残した男爵は、成仏できないままゴーストとして横濱の地に留まったわ。そして、年に一度、命日の日にあんみつを食べに亡霊馬車に乗ってやってくるというのよ。ちなみに、今夜がグラニュー男爵の命日で、お気に入りの甘味処の跡地に建っているのが、このファミレスって訳。お分かりかしらん？　

　え、何なに？　まだ分からないことがあるの？
「でも、そのグラニュー男爵とお客様とは、どんな関係にあるのデスカ？」ですって？　理由は簡単よ。今まで毎年、横濱っ子の霊媒師がグラニュー男爵の相手をしていたの。所詮、真夜中の三時にあんみつを食べに来るだけのゴーストだもん。ちゃんとあんみつを食べさせてあげれば、悪さはしない。ところが、今年に限っては他の用事で日本を離れることに……そこで代役に立てられたのがワタクシ。別にヒナコ姐さんは霊媒師でもネクロマンサーでもない、クールビューティーな占い師に過ぎないわ。でも、霊感は半端無く強いし、ゴーストの相手もお手の物。グラニュー男爵と一緒のテーブルであんみつを食べればオッケーな楽なお仕事だもん。

「ああ、だから、深夜に独りであんみつをですか？」　
　そうなのよ。ところがまさか、ワタクシ時間を早く間違えていただなんて、通りで店内に英国紳士っぽいゴーストいないわね〜、と不審に思って、とりあえずあんみつ爆喰いしておけば大丈夫かしらん、と頑張って食べたにもかかわらず……今頃になって現れるだなんて無粋だわ。
　アラ？　なんだか肌寒くなってきたかしらん？　それに一つ質問ね。よしのチャン、貴女の隣に座っているのはどなたかしらん？