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深紅の誘い
恐る恐る近寄った橋台の陰。どうしてだろう、なんとなく音を立てちゃいけないような、近くにいることを知られたくないような気持ちがあった。いつも読んでいる漫画みたいな……、何か事件じみた現場にでも遭遇するかもしれない。
それはたとえば、もしかしたら口封じをされてしまうようなものか、あるいは目を覆いたくなるような陰惨な光景かもしれない。たくましすぎる自分の妄想力に恨み節のひとつでもこぼしたくなりながら、そっと土手を下りた。
「――――っ、」
誰が捨てていったのか、数号くらい前の週刊コミック雑誌に足を取られそうになりながら、どうにか斜面を通り過ぎる。
はやる気持ちを抑えながら、焦らず、ゆっくり。
1番近くの小学校から少なく見積もっても僕の足で10分強はかかりそうな距離にあり、周りに人の住む家も少ない土手。そんなところに、どうして赤いランドセルを背負った子どもが来るんだろう?
しかも、騒ぐような声も聞こえない。
…………、考え過ぎかもしれない。
けど、なんとなく感じてしまったのだ。
なんていえばいいのだろう、何か秘密にしたいことでもあるんじゃないかと思ってしまうような――それを覗けることに暗い期待を持ってしまいそうな密やかさ。我知らず、呼吸が荒くなってしまう。
もし今、唐突に橋台の陰からランドセルの主のもとに顔を出して、僕は何を目撃することになるんだろう?
もしかしたら、人には見られたくないようなことかも知れない。
思えば、僕だって小学校中学年くらいから他人には踏み込まれたくない秘密のひとつやふたつはできていた。
たとえば、下校中に通りかかる家の窓から見えたお姉さんの姿を楽しみに学校に通っていたことだったり、たまたま見つけたちょっとした抜け道だったり、そういう今なら平気で笑い話にできてしまいそうな、秘密? それか、そういうのとは次元の違う、できるだけ人には知られたくない秘密?
想像が期待に変わっていくのを、自覚してしまった。
開けてはいけないと言われたドアを目の前にひとりにされたような、自制心と誘惑がせめぎ合う感覚。僕がどちらの側に傾いていたかなんて、言うまでもないことだ。
高鳴る胸が痛い。
血がドクドク流れているのが聞こえるようだ。
鼓動が騒がしい。
自然と早まりそうになる足をどうにかそっと、そっと進める。……ん、なんだろう?
近付いてみると、声が聞こえた。
それは、大人の男の低い声。
明らかに、赤いランドセルを背負った子が発するものではない声。
『あぁ、いいね……、うん、可愛いね』
法悦という言葉を初めて聞いたときにイメージした、満足に満足を重ねて、そのまま蒸発してしまうんじゃないかという吐息混じりの声。
もう、鏡台は目と鼻の先。
あと数歩歩けば、突然乱入できるようなところまで、僕はもう近付いていた。
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