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赤く、淡い
奇跡的とも悲劇的とも思える亮二くんとの出会いから、ずいぶん月日が経った。僕は今日も、代わり映えしない景色を見下ろしながら電車に家路についている。
「――――っ、」
あぁ、いや。
正格に言えば、ずっと見下ろしていられるわけではなかった。
大学を卒業した僕は、ゼミで知り合って一時期付き合っていた彼女に誘われて面接を受けた大学近くの印刷会社に就職した。ちなみにその彼女とはいろいろな面での不一致から別れてしまったけれど、なんだかんだで飲み友達という形で関係は続けている。
そういう未練がましくて自分勝手な僕は、今もあの場所――亮二くんと出会った場所の上を電車で通りかかるたびに目を背けたくなってしまう。
この下の橋台で出会った日以来、僕が亮二くんに連絡することはなかった。
一旦家に帰ってしまったのがよくなかった。
冷静になった頭では、もう亮二くんに付きまとおうなんて思えるはずもなかったのだ。
僕は、彼がどんな目に遭っているか知らないうちから、その実そういうものを期待して彼を見ていた。穢らわしい視線で、直接でなくても僕も彼を蹂躙していた。
帰り道でそれを自覚した僕は、自分でも信じられないほど興奮して、それから激しい自己嫌悪に襲われた。間違いなく辛いことのはずなのに、自分ならそんなこと人に知られたくもないのに、僕は、彼の体験を詳しく知りたくなっている。
もし次に会ったら、今度こそ軽蔑されてしまうかも知れない。そう思ったら、会うことなんてできなかった。こちらから連絡することもできなくて、怖くて仕方なかった。
今でも、まだその感覚が残っている。
通りかかるたびに自分が恥ずかしくなる。どこに視線をやればいいのかわからなくなって、どこかに走って逃げ出したくなってしまう。
こんな僕が、彼に近寄ってよかったわけがない。
だから、これでよかったんだ。
これがよかったんだ、きっと。
そう思っても、今でも時々、振り返ってしまう。
視界の端に赤いランドセルが見えるたびに、カメラの音が聞こえるたびに、小学生らしき子どもたちを見かけるたびに。
きっと僕は、この先何度でも振り返る。
あの日の赤を、僕はきっと忘れない――――。
「あれ、シューゴ?」
記憶より少しだけ低くなった声が、降りた駅のホームから聞こえた。
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