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そして事態は急変する
快道君が我が家に来て、1ヶ月が経った。
だから何という程でも無いが、お父さんが最近はガミガミ言わずに大人しいのは有難い事だ。それと、ひとつ変わった事と言えば親友・花蓮の機嫌があまりよろしく無い事だろう。
何しろ快道君が来てからこっち、私は学校帰りにほとんど花蓮と遊んであげれていない。
別に、花蓮と居るよりイケメンと一緒に居た方が楽しいという……のも否定はしないけれども。
それよりも、納屋に籠って一心不乱に仏像と向き合っている快道君を見ていると『よーし、遊ぶぞー!』という気になれないのだ。申し訳なくってさ。
だから私は仕方なしに‥‥いや、ホントに仕方なく、暑い最中にエアコンも無い納屋で奮闘するイケメ‥‥じゃなくて快道君のために、せっせとジュースやアイスを運んでは『本来、密教とは文字通り秘密の宗教で』だの『日本仏像のクオリティは鎌倉時代がピークで』だのというコアな仏教トークをするのだ。
‥‥別に格段の興味があるわけではないけど、何しろ他に共通の話題が乏しいのだから仕方ないのよ。
そのため、必然的に花蓮とお喋りするのは昼の学食時がメインにならざるを得ないのだが……
その時間は花蓮が快道君に食いつくので、私は放置プレイになってしまう。ああ、悲しや。
「へぇー! やっぱり修行中は肉食って禁止なんですね!」
学食の小さなテーブルで、花蓮が当たり前の事に驚いてみせる。
そりゃそうだろう。如何に万才宗が雑食な宗派とは言え、流石に修行中は肉食や酒類は禁止である。
……草食系ならぬ僧職系男子といった所だろうか。
「でもでも、それってお腹空かないんですかぁ?」
うーん、相変わらずアンタって子犬キャラだよね。尻尾があれば、全開で振ってそうな気がする。
‥‥あ、シュシュの柄が白になってるわ。カラーローテーションで攻める気か。釣りの疑似餌じゃあるまいし。
「はは……いや、最初はやはりキツかったですよ?量も決して多くありませんし、何しろ食べ盛りですから。なので、内緒ですが隣で食事をしている年配の方が、そっと分けてくれたりしてましたね」
‥‥だろうね。中学生に菜食料理はキツいに違いあるまいて。私だって、そんなの食べてたら『お腹が減るしー』で身が持つまいて。
「なんかー、ネットで見てると『肉食を遠ざけると身体が不調になる』って話も出てるけど?」
ああ、完全菜食主義者さんね。
たまに、ギブアップして仲間から非難される人が居るようだけど。
「……それは、人に依りますね。あと、そもそもの民族的な体質もあると思います。西洋人は古くから肉食を常食としてましたが、日本人が『畜肉』を食するようになったのは、明治以降です。それまでは動物性蛋白質は魚からの摂取がメインでしたし」
何か、それは聞いた事があるな。
日本人は野菜を効率よく消化するために腸の長さが西洋人より長いとか。
快道君は、15歳で出家してから1年間を万才宗の『本山』である『詣永和寺』で修行している。
……流石に、この命名シリーズも慣れて来たわ。
朝は5時に起きると、速攻で着替えて本堂に飛び込み、そこから朝の勤行が始まる。夏は涼しくて良いとしても冬の寒さは半端ないそうな。
今は諸般の事情で無くなったそうだが、お父さんが修行していた時代は勤行の前に『水浴び』という信じられないイベントまであったと聞く。
真冬の、氷点下を下回る中での『水浴び』……いや、フツーに死ねるって。
食事は5分で食べ終わらないといけないらしい。それも、一切の音を立ててはダメだとか。にも関わらず、イヤらしく『沢庵』とか出してくれるので、初心者はかなり苦労するのだと言う。
そして、日中は座禅が終わったあとに本堂や宿坊の掃除、または庭の手入れが待っている。
春は桜の花が吹雪のように舞い散るし、秋は落葉樹の葉がこれでもかと言わんばかりに落ちまくる。これをひたすら掃いて掃除するのだ。
夕方の勤行が終わった後はひたすらに写経を行う。
または、お経の練習をしたり、ひとりで座禅の続きをする者も居るとか。……きっと陰キャなのだろう。
そして、就寝が夜中の2時……うん、絶対に身体が持たないと思うわ。それに当然だけど修行中はマンガもスマホも持ち込めないし。私には絶対無理ね。よかった、信心が無くって。
……しかしながら、どうなんだろう。
私はふと考える。
果たして『恵まれた青春』というものに『正解の形』は存在するんだろうか。
何かね、漠然とした『理想の形』ってあるような気がするのよ。
まず『青春』のど真ん中って言えば高校生で。
そんで、片思いか付き合っているカッコいいカレシがいて。
勉強はそこそこでも、何かしらの特技とかあって。
時には全国を目指すほど部活で盛り上がって。
楽しくて頼りになる仲間が居て。
……そして、平穏で暖かな家族があって。
それら全ての要素を満たす、何かそんな『理想の形』が。
けど、快道君は違う。
そもそも、修行中の身で学校に来ることすら稀だ。
平均睡眠時間は3時間で、毎日が『仏教浸けの日々』‥‥娯楽にも縁はない。
普通に考えるならドM過ぎて、とても『理想の青春』を過ごしているとは思えないのよね。
だが、彼を見ていると何だか『とても羨ましい』気がしてならない。
‥‥それは私の将来に『何も展望が無い』からなんだろうか?それとも……
うん?そう言えば『家族』は?
快道君は何も語らないけど、彼の両親は快道君の修行について何も言わないのだろうか。
そんな事を考えていた時だった。
「おい、真臼!」
突然、学食に親欄先生が飛び込んできた。
顔色が真っ青だ。
「‥‥真臼、すぐに市民病院へ向かえ! お父さんが、倒れたらしい」
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