奇妙なお客人

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奇妙なお客人

 漫画を買いに行くという花蓮とは駅で別れて。私はひとり、家に戻ってきた。  歴史を感じる古い山門には、墨黒々と大きな表札が掲げられている。  チラリ、とその表札を一瞥するが。 「はぁ……」  ……いつもの事だが溜息しか出ない。  正直いくら『実家』とは言え、うちの『お寺の名前』って、どうにかならないものかしら。  まったく……何よ、『万才宗(まんざいしゅう)』って!  しかも『南西天転念派(なにしてんねんは)』の『八天羅連和寺(やってられんわじ)』って、どーゆー事よ!  『狙う』にしても、ベタ過ぎない? 田舎の暴走族じゃあるまいし。もしかして本山は大阪の難波にでもあるって言うの?  もうね、10人が見たら15人が吹き出すのよ! 恥ずかしくって、ロクに名前を言うことも出来ないじゃない。  ……え?計算が合わない? それはね、残りの5人は2回笑うからよ。  そもそも私の名前だって、どうにかして欲しいものだわ。  何よ、『真臼(まうす) 美樹(みき)』って……  今は居ないけどお兄ちゃんの名前だって『真臼(まうす) 観丹(みにい)』だし!   両方共とも亡くなったお爺ちゃんが付けた名前らしいけど、ネ■ミの国から著作権侵害で訴えられたらどうすんのよ。  いや。いっその事、訴えてくれた方がすんなり改名出来ていいかもね。冗談じゃないわよ、こんなDQNネーム。  ウチの宗派では、何か名前を付ける時にはオヤジギャグを入れないといけないという戒律でもあるのかと真剣に悩みたくなるわ……  再び溜息を吐きつつ、今にも崩れ落ちそうなほど古ぼけた山門をくぐる。 ‥‥いい加減、修理すればいいのに。 長雨が続いたせいか、庭のあちこちに雑草が目立つ。 ‥‥あーあ、また「草むしりしろ」って言われそうね。最近はお父さんも「トシのせいか、外仕事が身体に堪える」とかで私に押し付けようとするし。  掃除するには決して適さない広い庭を抜け、年季の入った玄関の戸をガラガラと開ける。 「……ただいま」  聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟く。何、どうせお父さんは本堂か書斎だろうしお母さんは台所だ。玄関からでは少々声を張ったところで何も聞こえまい。  そして、靴を脱いで階段を中程まで上り掛けた時だった。 「おぅ!美樹か。戻ったな、こっちへ来い。お客人を紹介しなくてはな!」  階段下に居たのは、お父さんだった。  ……というか、年頃の娘がミニスカートで階段登ってる時に下から見上げるの、止めてくれる? 流石に気分悪いんですけど?  本当だったら「このエロオヤジが!」と怒鳴ってやりたいところではあるが、それをしようにも『このくそ親父』は相手が悪い。  190近い身長に、広い肩幅。手足は丸太のように太くて拳は岩のようにゴツゴツしてる。当たり前だが『坊主頭』で顔が四角く、御仏に仕える者とは思えないほど目つきが悪い。  ……実の父親ながら、どう見てもヤ●ザの親分にしか見えないわ。  あれは2年ほど前だっただろうか。  お父さんが珍しくスーツ姿で駅の近くを歩いていた時に、何処ぞのチンピラが「肩が触れたのどうの」と因縁を付けてきたそうな。  なるほど『因縁』は元々仏教用語が語源だから、縁はあっても不思議はないが。  ともかくしかし、お父さんも『僧侶』の身。  そんな簡単に売られた喧嘩を買う訳にもいか‥‥ないはずが、そのチンピラを完膚なきまでにブチのめしたのだ。  騒動を聞いて飛んできた警察官が顔面ボロボロになって転がるチンピラを見て「あなた、お坊さんでしょう? これじゃ『御坊さん』じゃなくて『粗暴さん』だよ」と呆れたそうな。  するとお父さんは「何を言うか!」と一喝して。 「そもそも、我が八天羅連和寺の御本尊こそは胎蔵界中央に位置する大日如来が憤怒の化身、『不動明王』様である! お不動様は、その足元に悪鬼を踏みつけておられるではないか。されば、この世において斯様な不道を働く不貞の輩に『仏罰』を以てあたるは、まさに仏の道と言えるでないか?!」  ‥‥と、意味不明な弁明をして乗り切ったとか。  まったく、『やってられん』のは私の方よ。  とりあえず私は文句を飲み込み、ブスっと頬を膨らませながら階段を降りてお父さんの後を着いていく。そして、 「お客人って何?」  と、聞き返すと。 「うむ。我が万才宗の門徒でな。修行の一環で暫く我が寺に逗留することになったのだ。お前も挨拶しておきなさい」  え‥‥? 修行の受け入れ?  うちのお寺に、そんなシステムあったっけ?  つか、何? 修行僧? いくら仏門とは言え『年頃の娘』が居る家庭に、そんな何処の馬の骨とも知れない輩を寄宿させるの?  『何かの間違い』があったらどうするのよ。まったく‥‥デリカシーが無いんだから!  お父さんの背中を『怒りの視線』で睨みつけるが、敵はそんな空気は何処吹く風とばかりに意気揚々としているではないか。ええい、少しは察しろ。鈍感オヤジめ!  無駄に長い廊下を抜けた先に、小さな納屋がある。小さい頃はイタズラをして叱られると、いつも此処に放り込まれたっけ。今でも、あまり良い気のする場所じゃぁない。  古びた納屋の扉をガラリと開け、『邪魔を致すぞ』と言いながらお父さんが中に入る。  その大きな背中越しに、向こう向きに座っている『お客人』の後ろ姿が目に飛び込んできた。紺の作務衣を着ているようだ。ん? 法衣じゃないのか?  すると、お客人とやらがパッパッと身体を払うような仕草をしてから、ゆっくりと立ち上って、こちらに向き直った。  ‥‥おっ、結構デカいな。お父さんと大差がない。 「いえいえ、失礼をしております」  そう言いながら、両手を合掌させて頭を下げる。  大柄だけど、柔和な物腰。お父さんとは大違いだわ。  うん、そして肝心なことが。  これは不味いな‥‥  思わず、顔をしかめる。  ヤバい。結構なイケメンだわ、この人。
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