嗚呼、イケメンに死角なし!

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嗚呼、イケメンに死角なし!

 翌朝になった。  俗に『鳩が豆鉄砲を食らったような顔』という言い方があるが。  イケメン快道君を見上げる花蓮の表情は、まさに『それ』を体現していると言って良かったと思う。  口&両眼をぽっかーんと開き、そのまま完全にフリーズしている。  小柄な花蓮と快道君とでは、上背で40cm近い差があるだろう。体重なら、もしかすると倍近く違うかも知れない。圧倒的な体格差……  まさに『大人と子供』ほどの差があるのだ。  昨日の作務衣姿とは異なって制服(ブレザー)姿で頭にバンダナを巻く快道君だけど、その爽やかさは今日も変わらず健在だ。 「花蓮さんとおっしゃいますか? 美樹さんのお友達とお聞きしております。はじめまして。私は『慶羽快道』と申します。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」  そう言って、にこやかに頭を下げる。  流石に花蓮は仏門の関係者ではないから、合掌は控えているようだが。  そりゃま、一般人が生きている相手に『合掌』する時ってのは『借金の申し込み』ぐらいのものだから。  ……それにしても、この『人としての完全度の高さ』は半端ない。とても、同い年とは思えないぞ。  それは花蓮も感じているようで、快道君が何を聞いても「はぇ」とか「ほぇ」とかロクに回答になっていない返事を繰り返すだけだった。  多分、その存在感(イケメンオーラ)に圧倒されているのだと思う。  電車に乗ったら電車に乗ったで、また彼は『注目の的』だった。  何しろ背が高いから、満員電車でも周りから頭ひとつ分、完全に抜け出ている。更にイケメンでバンダナなんか巻いてるから目立って仕方ない。  それも、普段は見かけない高校生姿の男なのだ。  同じ電車に乗る他校の女生徒達もヒソヒソと何やら快道君の方を見ながら話をしているし、近くの席に座る若いOLさんもイヤフォンで音楽を聞くふりをしながらチラチラと視線を送っている。  そんな『注目の的』に最接近してお喋りする権利を有する私。  ふふふ……何という優越感。  別にカレシでも何でもない『只の同居人』なんだけど、実に気分が良いわ。  教室に着いたら着いたで、クラス中が大騒ぎになったの。 「おぉ! いつも居ない『最後の1人』はお前だったのか!」と。  いつの間にか、彼の周りに好奇心丸出しの連中が輪になって取り囲む。 「へぇ……真臼の家、というかお寺に住んでるの?! え?修行? なにそれスゲー!」  始業前の教室に歓声が上がる。  お前ら、昨日の昨日まで『座敷わらし』とか言って馬鹿にしてたクセに……何なのよ、その超音速の手のひら返しは!  教室の一番うしろに『空いた席』がある。  快道君はそこに座ることにした。  何しろ背が高いから、ヘタに前へ座ると後ろの生徒から黒板が見えなくなるからだ。  これは仕方あるまい。  けど……教科書とかはどうするのかしら?  ホラ、あるじゃんか! 転校生がやってきて『そうか、転校生君は教科書が無いからな。仕方ない、地味子主人公ちゃんに見せてもらいなさい』的なイベントが!  すると。  あ……フツーにカバンから教科書出てきた。残念、空気を読まない男ね。  いやしかし。何か変だぞ?  ……教科書が妙に型くずれしている。  まだ新学年になってから2ヶ月だというのに、その汚れ方は何なんだ?  その理由は、授業が始まってすぐに判明した。  1時間目の数学で先生がいきなり、 「よし。じゃあ、慶羽君。いきなりだが、前に出てきて此の問題を解いてみてくれ」  と振ったのだ。  いや、流石にクラスメートはザワっとしたわよ。  だって、いきなり三角関数の計算でsinθがどうとか、そういう問題だったし。  ところが当の快道君は、にこやかな笑顔を崩さないままに黒板の前へと立つと。 「……ここのsinθとcosθは値が分かっていますから、それぞれを2乗して和を取り、この値に平方根をとるとイコール1になりますから、ここの辺の値は1となり……」  と、完璧に計算してみせたのだ。  クラス中が「おぉっ!」と、どよめく。  ……なるほど、あの教科書の汚れは只事では無かったか。あれは、凡人を遥かに超える勉強量の結果なのだ。  イケメン、恐るべし。  うーむ。如何にお寺の家に生まれた娘とはいえ、仏教知識に関しては『本職』には到底及ぶべくもない。  されば、せめて勉強ではこれを凌駕して『仕方ないわね、だったら私が教えてあげる』的なそういう接近戦術を模索していたのだが……  残念ながら、相手の防波堤は想定を超えて遥かに高いようだ。……何処かに弱点のひとつ位ないんだろうか? それともイケメンには最初から死角なぞ存在しないのだろうか?  昼休みになって、いつもは私と花蓮の二人で食べるテーブルに快道君が加わる。  ……ああ、周囲の視線が私の柔肌にビシビシ突き刺さるわ。  我が万才宗では肉食を禁じる戒律がない。 「生命は動物も植物も、仏の前では等しく命を営んでいる」という観点からなんだとさ。  だから、食に関しては極端な偏食や食べ過ぎ、食べ残しがなければ良いらしい。大雑把と言えばそうだろう。  なので、快道君も私達と同じものを食べている。『ライス小盛り』というのが、少々意外だが。……女子かよ。 「へ、へぇー、快道さんはその……仏像を作る人?『仏師さん』って言うの?を目指してるんですかぁ?」  眼を白黒させながら、それでも今朝よりはまともに花蓮が話しかける。  うーん、さっきから箸が動いてないぞ。皿に盛られた鶏のソテーが減ってない。 「ええ……そうなんです。元々は仏師を目指していて……木彫を学ぼうとしていたのですが、私の師匠にあたる阿闍梨様から『ならば仏門に帰依して、仏の道を納めることで仏像のなんたるかを学びなさい』と進言頂いたのです」  ふーん。そっかぁ……それも、それって中学生の時の事なんだよね?  スゲーな。  何がすごいって、そんな若年にして『自分の将来』について明確なビジョンが持てるって点がさ。  私なんか『進路票を持ってきなさい』と言われている、今この時点ですら『何もイメージ出来て無い』って言うのに。  はぁ……何か、ため息が出てくるわ。
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