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仏師・快慶
「快慶……?」
思わず聞き返す。
いや、聞いた事の無い名前ではない。これでも一応、お寺の娘だし。けど、メジャーなのは『どちらかと言えば』、同じ時代で同じ『慶派』工房の親方をしていた『運慶』の方だろう。
それを『快慶』?
……何というか、マニアックな好み?というか。確か、昔聞いた話では東大寺の2体ある仁王像のうち『どっちかが運慶作で、逆側が快慶作』だとか。
うん、その程度の知識なら持っているが……いや、何が違うんだ?
「運慶ではなく、快慶なんですか?……というか、私も小学校の修学旅行で東大寺に行った事があるから、仁王像を見た事はあるけれど……ふたつ並んでいる像に何か違いがあるのか?と言われても正直、同じようにしか……」
「そうですね。いや、そう見えるのが普通だと思いますよ。特に南大門の金剛力士像は双方ともに運慶が監修していたと言われますから、違いが分かりにくくて当然なのです」
うーむ、上手くフォローしたな。
相手の話を否定せず、かつ自説を曲げていない。流石は坊主だぜ、説法が上手い。
「……実は、正面に向かって右側に位置する『吽形像』が、運慶メインの作品で、反対の左側に位置する『阿形像』が快慶メインの作と言われております。普段は薄暗い山門の中に安置されていますから分かりにくいのですが、よくよく見ると顔付き等にその作風の違いが滲み出ているのです」
微妙な違いねぇ……
ま、見る人が見れば分かるんだろうか。
「ただ、何れにしろ彼ら二人だけで制作したわけではありません。何しろあれだけの大作ですし、工期も僅か70日ほどだったとされております。実際には名前を残す事が許された仏師だけでも運慶・快慶の他に運慶の実子・湛慶と、慶派の高弟・定覚の4名おり、全体では約20名ほどが関わっていた事が分かっておるのです」
なるほど……人海戦術か。
当時の世の中に『時間給』だの『残業割増料金』だの『深夜労働禁止』なんて言う概念は無いだろうし『信仰心』という大義名分もある。思う存分ブラックに人間を投入出来た事だろう。
「作風が『違う』……というのは、絵画で言うところの『タッチ』の差とかですか?」
「そうですね……そういう表し方も出来ますが、どちらかというと『宗教観』というか『仏像に向き合う姿勢』の違いというか。運慶と快慶は、東大寺の金剛力士像を仕上げた後に、袂を分かって別の道を歩んでいるのです。
運慶が、その後に新興勢力である『武士』に近づいたのに対し、快慶は市井に出て諸国を旅しながら仏を彫り続けた事が分かっております」
諸国を漫遊……『考え方の違い』か。
なるほど、人生楽もあれば苦もあると。……もしかしたら『うっかり者の助手』とかも居たかもね。
「運慶の作、特に運慶が個人で仕上げた作品には観る者を頭上から『鉈』で叩き割らんばかりの迫力に満ちております。ですから荒々しい御姿をした『四天王像』などには、そうした特徴がよく出てますね……」
快道君はそう言って、コップに溶けた氷と薄まったジュースを飲み干した。
多分『その言い方』は、運慶にあまり良い印象を抱いていないのであろう。
「対して、快慶の作には『慈愛』があるのです。私は、そこに惹かれました」
「慈愛……?」
我が家はお寺だから、慈愛という言葉自体は良く聞くけども。
「優しさ……とか? そんな感じの?」
「……そうですね。確かに、現代の仏画や仏像は一様に『にこやかな表情』に作る事で『慈愛』を表現することが多いのですが……当時における『慈愛』の解釈は少し違うようです。『力強さに裏付けされた優しさ』とでも言いましょうか」
あー……私、何でこんな話を聞いてんだろ。別に、こんな話を聞いたところで何かの役に立つとも思えないのに。
けど、折角イケメンと会話出来るチャンスだし……あまりロマンチックな会話でもないけど、まぁいいか。適当に話を合わせておけば。
「そっか‥‥確かに今風の『仏様の絵』って言うと、ニコニコ笑っているイメージがありますよね」
「ええ、しかし快慶が活躍していた当時は『戦乱の世』。庶民にはどうしようもない『暴力の嵐』が吹き荒れていた時代です。ですから『笑っているだけ』では何も救えなかったのでしょう。そこに『力』が無ければ」
なるほど。ある意味、現実路線と言えるか。
圧倒的な暴力に対抗出来る『仏の力』……そう言えば、うちの本尊である不動明王も『悪鬼を踏みつけている』姿で彫られていたっけ。
「運慶の作風である『荒々しさ』は、まさに時代の象徴なのでしょうね。『強力な力で以て暴力を制する』というか……対して、快慶のそれは『受け止めて、受け入れる力』を感じる気がするのです。快慶の作る仏像は、その全般においてその思想が現れていると思います」
……快道君は『それ』を中学生の時に看破したのか。
ある意味、凄い感性だな。
そうか、彼が仏師の道を進むのは『成るべくして成った』という物なのかも知れない。
人はそれを、『運命』と呼ぶのだろうか。
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