やりやがったな

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やりやがったな

「……おはよう」  いつもより少し寝坊して、私はキッチンにやってきた。  昨日色々とあり過ぎたせいなのか、寝付きが悪かったのだ。 「ん……お母さんは?」  テーブルに朝食の用意はしてあるが、お母さんの姿がない。 「……お前が遅かったからな。先に食べて、裏の畑に行っている」  お父さんが卵焼きを食べながら答える。 ‥‥おや?今日は『お小言』なしか。珍しい。普段だったら『寝坊とは、この不心得者が!』と煩いクセに。快道君が居るから遠慮してるのだろうか?だったら、ずっと居て欲しいものだけど。 お母さんの居ない食卓で、お父さんは黙々とご飯を食べている。裏の畑か‥‥。  そうか、今日は兄の月命日だったか。  お母さんは、畑の隅で育てている花を切りに行ったのだろう。仏様に供える花だ。  我が家は家業が家業だから、本堂に仏花を絶やす事は出来ない。檀家さんが何時来られてもいいように、チャンとしておくのも重要。  とは言うものの、お花も買うと安くないので可能な限り自家栽培だ。もっとも『栽培』とは言っても種をバラ撒いておくだけで、後は勝手に生えるのを切ってくるだけではあるが。 「美樹、ワシは本堂に行ってくるから後片付けを頼んだぞ」  そう言って、お父さんが席を立つ。  毎月、月命日の日は普段のお勤めの前に『たったひとつの位牌』を前にお経をあげているのだ。  だから、普段より早めにお花を用意するために、お母さんは先に畑へ向かったのだろう。 「……頂きます」  手をあわせると。  正面に座っていた快道君も、同じように「頂きます」と手を合わせて食べ始めた。え?今からか? 間違いなく、先に着席していたと思うのだが。  そうか、さては寝坊の私を待っていたんだな。私がひとりで食べる事のないように。  ちっ……そういう細かい配慮がイケメンじゃねーか。  いや、ちょっと待てよ? 「……快道君って、昨日は寝るのが遅かったんじゃないの? 夜中に、ふと眼が覚めて窓から見たら納屋の電気が点きっぱなしになってた気がするんだけど?」 「よくご存知で……実は今回制作する仏像のイメージが固まったので、下絵を描いてました。集中するには深夜の方が都合が良いので、どうしても遅くなってしまって……」  なるほど、確かに遅くなると周りは静かになるだろう。  ……変な女がジュース持って邪魔しに来たりはしないだろうし。 「そう……確か、夜中の1時半とか?そんな時間だったと思うけど。普段からそんなに時間に?」 「はは……恐れ入ります。拙僧はだいたい夜中の2時に寝て、翌朝の5時に起きるので。本山で修行をしていた時に皆と同じようにそうしていましたら、何時の間にかそれが習慣になりました」  げっ!3時間睡眠ってこと?! それも毎日! 「ええ……それって、眠くならないの? 睡眠不足になりそうだけど」 「そうですね……最初はキツかったですよ?何しろ、まだ15歳でしたし。しかし、慣れとは恐ろしいもので今は別に何の問題もありません。多分、起きている間に使うエネルギーの量を無意識に節約しているんでしょうね。ま……キリンも一日の睡眠時間は5分程度と言いますし。慣れれば、どうにか」  そう言って照れたように笑うが。  キリンか……なるほど、快道君は背も高いしな。だとすれば、寝てばかりいる私の前世は猫だったのかも知れないわね。  快道君と一緒に家を出て駅前につくと、花蓮がいつもと同じように「おはよー!」と言いながら手を振っている。  あー……アンタは良いわよねぇ。何か、悩みとか無さそう……で……  ああ! こいつ、やりやがった!   思わず、片頬がヒクつく。  おのれ……私が『それ』を見逃すとでも思ったか?浅はかなヤツめ。如何に私が鈍感女とは言えども、一応それでも『年頃の女子』であるぞ? 気づかないはずがなかろうが!  いつもは着けない淡い紫色したフワフワのシュシュが後ろ髪についてるし、顔のテカり方も昨日とは違う気がする。ファンデか?いや、化粧水だろうな。 気の所為でなければ、リップもいつもよりポッテリ感があるようだ。何かしら立体感の出るリップグロスを使用していると見たぞよ。  このアマ……一晩で対策をしてきやがったか。それも派手にやると目立つから、分かりにくい程度に調整して。あざといヤツめ。  うん?よく見たらネイルの色も変えたようだ。ピンクがいつもよりも強く発色してる。  ……流石だな、幼馴染の親友を目の前にして遠慮なしのアピールかよ。  お寺の娘がそういう事を考えるのもどうか、と思わなくもないが。  『ナチュラルな殺意』ってものを覚えずにはいられないわ。  けどまぁ……それくらいのアピールは見逃してあげても良いかもね。  何しろこっちは『同居』という超強力カードがあるんだし。  その程度の牽制(ジャブ)で怯むつもりは無くってよ?  しかし……花蓮にしてからが、この様相なのだ。  学校がどうなっているのか、想像するだけでウンザリしてくる。  そして、私の予想は見事に的中した。  気を遣って誰も何も言わないけども。  教室中に蔓延する『香水の匂い』……。多分、ひとりや二人じゃ無いと思うの。犯人は。  けど、安っぽい合成香水の匂いって、薬品ぽくって逆に不快なのよね。 ‥‥全く、お前らは柔軟剤かっつーの。
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