正体不明の『同級生』

1/1
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/18ページ

正体不明の『同級生』

 キー……ン コー…ン カー……ン コー…ン ♪  高く澄んだ『ウェストミンスター寺院の鐘』の音が、今日も私立真秀場(まほろば)学園 高等学部に一日の始まりを告げている。 いわゆる『仏教系高校』である真秀場の学舎(まなびや)に、堂々と『キリスト教会の鐘音』が鳴るのは流石にどうかと思うのだが、『分かりやすいから』という理由で問題視されていないらしい。 まったく、いい加減なものだ。 もっとも、だからと言って『お寺の鐘』よろしく朝っぱらから ゴー‥‥ォォォ‥‥ン とかやられても、それはそれで『どうか』と思うだろうけど。  先程までガヤガヤと賑やかだったクラスメートも、教壇に立つ先生の方を向いて座り直す。  そう。いつもと同じ、見慣れた風景。 「きりーつ! れー!」  日直が号令を掛け、全員一斉に『礼』をする。 「よーし、出席とるからなぁ」  ガタガタと椅子を引く音を背景に、担任の新蘭先生が気怠そうに出席簿を開く。 「あさはら-!(はい) あらい-!(はい) いのうえ-!(はい)……」  先生も、いちいち生徒の顔は見ていない。このクラスになってからもう2ヶ月経つので、先生も声で本人が分かるからだ。 「………まうす-!」  『私』が呼ばれる。いつもそうだが、この瞬間ばかりはあまり好きになれない。 「……はい」  とりあえず、何事も無いように返事をする。  いつもながら、男子が『ニヤっ』と笑うのが横目に入ってくる。ふん!何よ。はいはい、どうせ私の名字は『真臼(まうす)』なんていう珍名ですよだ。いい加減、慣れてくれないものかしら。 「……よし、以上だな。いつもと同じように『在籍35名』で、『出席34名』と……」  出席簿にチェックを入れて、先生が教室を出ていく。  今日の一時間目は数学Bだから、国語の新蘭先生は朝のチェックをするだけだ。  『在籍35名』で『出席34名』。  そう、1名足りない。それも『毎日』だ。  少なくとも自分が知る限り、この『残り1名』が出席したことはない。  最初こそ皆んなで不思議がっていたが、先生が当たり前に出欠をとるので、最近はもう誰も何も言わなくなった。    本来、うちの学園は出席日数が不足すると進級できないシステムのはず。 ここは3年のクラスだから、少なくとも1,2年の頃には出席していたと思うのだが……おかしな事に、誰に聞いても『その生徒』を知らないのだ。  そのため、この『正体不明の生徒』の事は誰が呼んだか『座敷わらし』とアダ名されている。 「……よーし、始めるぞぉ!」  数学B担当の豊年先生が教室に入ってくる。 「ええっと、今日は昨日の続きで三角関数の応用からだ……」  パラパラと先生が教科書をめくる音がする。  関数……いや、数学全般において苦手な私の胃袋がキリキリと痛みだす瞬間だ。あー、もう!何で仏教系高校に数学なんてあるのかしら。  昼休みになって、生徒たちがゾロゾロと一斉に食堂へ向かう。  ここの学園の最大の『売り』は何といっても、『学食のメニューが充実している事』なの。『親の仕事』の関係で入った学校だけど、それは有難いと思う。 「美樹ぃ、待たせたぁ? ちょっと出遅れちゃったぁ!」  隣のクラスの花蓮が、嬉しそうに私の座るテーブルにやってくる。今日のチョイスはチーズで焼いたサーモンが乗ったB定食と、ポテサラ小鉢のようだ。……私と被ったな。  花蓮は昔からの、良い遊び相手だ。  私が高校進学の時に『真秀場(まほろば)学園に行く』と宣言した時も『美樹が行くなら、アタシもついてくー♪』と、極めて自主性の無い決定をするほど私と行動を共にしている。  ……お蔭で、中等部持ち上がりが多くて新参者に肩身の狭い高等部で、唯一の知り合いとして精神的に随分と助かりはしたけどね。 「ねーねー、進路票ってもう出した?」  ポテサラのレタスを突きながら、花蓮が尋ねてくる。 「うー……ん、まだ。だって『親と話し合え』ってあるでしょ? 『そこ』がハードル高いのよねぇ……」  硬く焼かれたチーズを、箸で切り分けながら答える。 「そっか……美樹のところって、親が(うるさ)そうだもんねぇ……」  沈んだトーンで、美樹が同情してくれる。  でもゴメン。あながち、そればかりが本音って訳でもないのよ。  確かに我が家の『親』が、まるで『反り立つ壁』のように立ち塞がるハードルなのは確かなの。けど、『真の問題』は自分の心の中にあるのよね。  ‥‥何と言うか『将来に何がしたいのか』と言われても、正直なところ何のイメージも湧かないのよ。  普通にOLして働く?   うーん、まぁそれが別に悪いとは思わないけど。何かピンと来ないというか。かと言って、ミュージシャンになりたいとか小説家になりたいとか思ったとしても、それほどの実力がある訳でないのは自分が一番知っているわ。  だから、なーんかモヤモヤしてるのよ。  かと言って、実家を手伝うって選択肢も無いしなぁ…… 「でも、美樹のところは自営業なんだし。いざとなれば『家業手伝い』って手もあるじゃんか!」  花蓮はそう言いながら笑ってくれるけど。  あー……アンタそれ、多分『励ましてくれている』つもりなんだよね。  うん、それは分かってる。何しろ長い付き合いだから。  けどさぁ…… 「そうね。確かに、うちは『自営業』って言えば『自営業』なんだけど……知ってるよね? うちは『お寺さん』よ? そーゆーのって『自営業』って言うのかしら?」 「ははは! そう言えばそうよね!」  屈託のない笑顔で花蓮が笑い飛ばす。 「けど、いいじゃん。『不況』とかなさそうだし!」  ま……そりゃそうよね。檀家を沢山抱えてたら、確率的に『誰か』は死ぬんだし。一定数、葬式や法事の需要があれば、それなりに食べてはいける。贅沢さえ言わなければ。  葬式仏教とか揶揄されるけど、お寺だって食べていかないとけないのよね。  正直、この科学万能の世の中で『仏教』とやらがどの程度、世間様に需要があるのか私には分からない。……ぶっちゃけ、葬式か法事しかしてないし。 「ところで、美樹。今日は学校が終わってから何処か行く?」  花蓮は頭の回転がイマイチな割に、食べる速度は異様に早い。すでにお皿は空になっていた。 「あ、ごめん。何があるのか知らないけれど、お父さんから『今日は早めに帰ってこい』って釘を刺されているから」  お父さんの『釘』は、五寸釘か瓦釘ほどの締結力を誇るのよ。残念だけど私ごときの細腕では、とてもじゃないけど歯が立たないわ。 「そっか……」  まるで『お預け』くらった子犬のようなウルウル顔で、花蓮が私の方を見る。 「うん、ごめんね……」  思わず、両手が『合掌』になりかかる。『習慣』とは、かくも恐ろしいものかと。私は改めて思い知らされた。 c9c7349e-ab3f-4090-9074-844a4d7df99e
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!