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3時間だけの恋人5
◆ ◆ ◆
「今日は、ありがとうございました」
そう切り出した彼女は、穏やかに微笑んでいた。
「これ、今日のバイト代です」
女物の財布からざっと見、三万円のお札を取り出すと、小さな手で僕の掌に握らせてきた。
橙色の夕陽に照らされて、彼女の表情は良く見えない。
けれど、どこか寂しそうに見えた。
「あの……」
何か言葉を掛けようとして、それでもどう言葉にしたらいいかが分からず、僕は言葉に詰まる。すると彼女はやんわりと微笑んでから最後に優しく、
「また、〝デート〟してくださいね」
そんな小悪魔的な囁きを残して、人混みの中に紛れていく彼女を僕はただ呆然と見送った。
「今、何時だっけ……」
ふと思い立ち携帯を開く。時計は18時を指していた。
待ち合わせてから別れるまで、気づけば3時間しか経っていなかった。
(嗚呼、そうか……)
気づいてしまったのだ。
僕も、先ほどの彼女も、この3時間だけの恋人関係を演じていたのだ、と。
何を気に病む必要があるだろう。僕も彼女も、互いに了承した上でのバイトじゃないか。
「……レンタルって言ったっけ……」
(そもそも、女の子とデートをするだなんて……)
いったい何を期待していたのだろう。
もともと、女の子は苦手だった筈なのに。
なのに、この言葉にできないモヤモヤとした感情はいったい何だ。
この3時間で、いったいどんな影響を僕に及ぼしたというのか。
「……。いいや、もう。――帰ろう」
深く考えるだけ、無駄な気がした。
バイト代は貰えたのだから……それで、良いじゃないか。
はあ、と深い溜め息を吐き出して、僕は駅の改札へと足を向けた。
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