午前三時の危機

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 アルバイトから帰って来ると携帯に見覚えのないメールがあった。差出人は不明。内容は以下の通りだった。  次の朝三時に、あなたにはとんでもない危機が迫るだろう。それを回避する方法はない。なんとか生き延びてくれ。  僕はそこまで見て携帯を閉じた。自分でも驚いたことに、僕は信じやすい性格だったようでこの内容を本気にした。 「どうしよう、もしかしたら僕は死んでしまうかもしれない」  現在の時間は午前一時四十五分。今から約一時間でとんでもない危機が僕を襲う。それを防ぐことも避けることもできない。僕は、大切な人たちに連絡をすることにした。  午前一時五十分。僕は実家の両親に連絡をした。 「父さん、母さん僕もしかしたら大変なことになるかもしれない。だから手遅れになる前に伝えたくて。今まで育ててくれてありがとう」 「・・・ん?あぁ、そうか。いいんだぞ、こちらこそありがとう」  電話に出た父親は寝ぼけているのかはっきりとしない口調で答えた。母親とも代わった。こんな時間なのに二人とも起きていてよかったと思った。両親と昔の話とかを少し話して、僕はそれじゃあと電話を切った。  午前二時十五分。僕は大学で付き合い始めた彼女に連絡をした。 「夜遅くにごめん。もしかしたら僕にとんでもないことが起こるかも知れないんだ。だから今のうちに声が聞きたくて」 「・・・また?まあいいや。・・・きっと大丈夫だよ。どうせ明日になったらケロッとした顔で学校に来るんじゃない?」  彼女は冗談でしょと笑っている。それにまたって、こんな連絡したことがないはずなんだけれど。その後も少し話して、もう遅いからと電話を切った。  午前二時三十分。僕は理系の大学に行った親友に連絡をした。 「やあ、研究中だったか?実は僕、もうそろそろ大変なことになるもしれないんだ。だからお前にはお礼を言いたくて。今まで仲良くしてくれてありがとな」 「・・・ああ、いいんだよ。お前に何が起こるのかは知らないが、お礼を言いたいのは俺もだよ。俺の・・・、俺と仲良くしてくれてありがとう」  親友は珍しくお礼を言った。小学校からの親友で、ずっと一緒にいたのにあまり聞けなかった言葉を聞けて嬉しく思った。それぞれの学校の話とかをして、じゃあなと電話を切った。  午前二時五十分。大切な人たちに連絡をし終えて、あとは時間になるのを待つだけになった。秒針が確実に時間が進んでいるのを音で知らせる。  午前二時五十五分。僕は座って待つことにした。どうせ防ぐことも避けることもできないんだったら無駄に抵抗する必要もない。  午前二時五十九分。玄関のドアが開く音が聞こえる。どうやら「危機」は人だったようだ。ここで僕は気が変わった。犯人の顔ぐらい見てやろう、と。部屋のドアが開く。僕の真後ろに立っているようだ。  午前三時。時間になったと同時に勢いよく振り返った。その瞬間、頭を固い何かで殴られた。霞んでいく視界に映ったのは懐かしい眼鏡をかけた男だった。 「・・・え、お前がなんで・・・・・・・・・」  目が覚めた時、僕は自分の部屋の机の上に伏せていた。時間は、もう昼前だ。どうやらアルバイトから帰ってきてそのままここで寝てしまったらしい。幸い学校はまだ間に合う。ぐっと伸びをして、準備を始める。鏡の前に立って顔を洗う。ふと額の少し上の方に違和感を感じる。こぶができていた。 「伏せて寝てたからかな?」  赤くなった額を前髪で隠し、身支度を進めた。 「はい、これ今回の報酬」 「ありがと!」 「手伝ってもらって悪いな。いや、本当に助かるよ。実に研究が進む」 「いいってこと。利害の一致でしょ?」  二人の男女は、使い方が一目でわからないような装置がたくさん並んだ研究室にいた。一人は眼鏡をかけた男。もう一人は髪を明るく染めたいかにも大学生な女。 「いや、でもよくこんな方法思いついたね」と女。 「簡単なことだよ、協力者がいればね」と男。  男は続ける。 「僕は記憶に関する研究がしたい。君はお金が欲しい。だったら、被験者を用意して連れてくる。そして、データを取って被験者の記憶を誤魔化す。また元に戻せば、誰も気が付かない。それを手伝った君に、俺が正当な報酬を与える。それに、あいつも覚えていない。君は学校でいつも通り仲良くしていればいいんだ。簡単なことだろ?」 「ま、そうだけど。とりあえずありがとね。またよろしく」  女はそう言って研究室を後にした。男は携帯を出してどこかへ電話を掛ける。 「もしもし、俺です。お父様、お母様、どうでした?電話、来ました?・・・あぁそうですか、それはよかった。ええ、ええ。はい。・・・ではまた」  電話の相手もまた協力者なのであった。男は携帯でメールを作成する。  次の朝三時に、あなたにはとんでもない危機が迫るだろう。それを回避する方法はない。なんとか生き延びてくれ。  男は眼鏡を中指で押し上げ、ニヤついた笑みを浮かべた。
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