山の穴

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「四年三組の吉田海輝くんが、昨日の放課後に山に入ったきり、家に帰っていないそうです」  とある日の早朝。担任の先生が朝の会で、唇を震わせながら言った。北海道の片田舎、寂れた村近くに唯一ある小学校で、生徒が一人失踪した。事件なのか事故かは判らない。  だけど家に帰るとその話題はもう、流行り病のように村中に広まっていた。  爺ちゃんは麦茶を飲み干し、言った。 「山の穴に落ちたな」 「山の穴?」  俺は首を傾げ、鸚鵡(おうむ)返しした。 「あぁ、そうだ。言い伝えだが、裏山ではときたま、子どもが神隠しに遭うそうだ」 「警察が頑張って探してるらしいけど。 ……それじゃあ、吉田は見つかんないってこと?」 「いーや。出て来ることもある」 「どうやって?」 「……方法はあるが、お前には教えん」  そこまで言いかけて途端に遮断されると、続きが気になって仕方がない。俺はお小遣いをせびるように、しつこく爺ちゃんの体を揺すったが、最後まで教えてもらえなかった。爺ちゃんは俺に、危険な橋を渡らせたくないのだろう。  ーーしかし次の日、吉田海輝はひょっこり山の中から出て来た。彼が山中でどんな目に遭ったのかは知らない。  でも、よっぽど恐ろしい目に遭ったのか口が利けなくなっていたので、誰も詳細を彼から聞き出すことはできなかった。  だが、彼の両親はそれで良かった。息子が無事でいさえすれば、それで良い。彼の生還を、泣いて喜んだそうだ。  ……しかし喜ぶ者もいればまた、違う者が悲しんだ。
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