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朝から大雨だった。俺は雨合羽に身を包み、裏山に向かって走り出していた。この天候だと、警察による捜索は難しいだろう。……それはそれで好都合だった。下手に大人に見つかれば、学校に引き戻される可能性が高かったからだ。
俺は先ほど玄関で出会った、女性のことを考察する。
彼女が恐らく、柚葉の新しいお母さんなのだろう。自分の実の娘では無いにしても、あまりにも酷い言い草だった。柚葉と俺が逆の立場だったら、柚葉は彼女に向かって一発パンチをお見舞いしたかもしれない。根本柚葉はそれくらい、自分の信念に真っ直ぐな女の子だった。
彼女との思い出はいっぱいある。その日も雨だった。
放課後、突然のスコールにもかかわらず、俺は雨具も傘も持っていなかった。学校の玄関付近で、この雨の中を走り抜けようかどうしようか二の足を踏んでいたとき。柚葉は俺の背中にポンとタッチして、声をかけてくれた。
「途中まで帰り道一緒だったよね。傘、入る?」
柚葉の手には、黄色に花柄の傘が握られていた。
「いやいや、遠慮しとくよ! 何かそれって、相合傘みたいだし……」
「みたいって言うか、相合傘でしょ。……ほら、行くよ!」
柚葉が傘を広げ、玄関の小階段を下りていくので、俺もそれにつられて小走りした。上手いようにやられた気がする。俺は柚葉の広げるドーム型のバリアに、すっぽり収まった。雨粒が傘に当たって弾ける音が、たんたんとリズム良く鳴っていた。
「この傘ね、お母さんが昔プレゼントしてくれたの」
「へぇ、良いね。可愛いじゃん」
「でしょ? だから雨の日って私、結構好きなんだ」
俺は他の男子生徒にからかわれたくなくて、なるべく顔を隠すようにこそこそ歩いていた。
……しばらくすると柚葉が、うっかり聞き逃せば雨音に溶けてしまいそうな、か細い声で言った。
「私の今のお母さんね、本当のお母さんじゃないんだ」
「えっ……どういう意味?」
少しの間沈黙が流れ、柚葉は再び口を開いた。
「本当のお母さんは、私が小学二年生のときに、病気で死んじゃったの。その再婚相手の女の人が、新しいお母さん」
「……そう、なんだ」
「今のお母さん、ひどいんだ! お金遣いは荒いし、新しい服も買ってくれないし、たまに暴力も振るう。それなのにお父さんは彼女の味方で……私、家に居場所が無いよ……」
柚葉は泣いていた。それなのに俺は、気の利いたことの一つも言えなかった。
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