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序:俺の知らない大和撫子
――俺、諏訪悠陽は隣の席にいる更科茉莉のことを何も知らない。
彼女が松城高校に転入してから、三週間が経とうとしていた。その間、彼女と言葉を交わしたのは、指で数えることが出来るくらい僅かだ。
彼女は理想の美少女と呼ばれるに相応しく、その容姿は大和撫子を彷彿とさせる。
だが、俺は学校で注目を集める彼女と関わらないようにしていた。彼女の隣にいるだけで否が応でも目立ってしまうのに、本格的に関わり始めた日には――、想像もしたくない。
それに、彼女は誰かと仲良く話しているところを見たことがない。
俺達に対して、どこか一線を置いている――そんな印象だった。
だから、俺は彼女について何も知らない。
しかし、そんな彼女の正体を、俺はふとした時に知ってしまった。この日を境に、絡まっていた紐が解かれるように全てのことが動き始めた。
きっかけは、俺の心をくすぶった微かな正義感。
けれど、この時の行動が俺と彼女の運命を変えてしまった。
荒れ果てた路地裏で、凛として佇む彼女の姿を見つめる。大人しい彼女には似つかないはずの場所に立っているはずなのに、違和感なく周りの景色に綺麗に溶け込んでいる。
俺は息も止まってしまうほど、夕日に映える彼女に目を奪われていた。
そして、彼女の特徴ともいえる長く艶やかな黒髪が揺れ、彼女がこちらを振り向いた。
――この時の俺は、大和撫子と呼ばれる更科茉莉について、何一つ知らなかった。
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