壱:隣の席の大和撫子

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 この大袈裟な声は、俺の数少ない友達である依田のものだ。いきなりの声で驚きを隠せなかったが、依田のおかげで、俺の高校生活は守られた。この時、俺は心の中で依田に親指を立てた。けど、発言内容はもう少し考えよう、と心の中で友人にアドバイスも添えてあげた。  そして、俺は気付かれないように、更科さんを盗み見た。  更科さんは自分の胸の前で、左手で右手を隠すように覆いながら、顔を赤らめていた。大々的に自分の容姿を褒められることに慣れていないのか、口をモゴモゴと動かしていた。  そう、更科さんは照れていたのだ。  しかし、そんな更科さんの態度に気付かず、依田と後ろに続く学友は、更科さんという初めて見る美少女を前にして、三組の扉の近くで盛り上がっていた。  更にこの騒ぎは二年三組だけに留まらず、何の騒ぎかと、他クラスの生徒も三組の前に集まって来てしまった。  人が集まることに比例して、更科さんの顔はますます赤くなっていった。せめてもの救いは、更科さんを高根の花のように思って、誰も三組の中に入って来ないことだろう。  やはり、俺の予想は正しかった。  更科さんは、周りが放っておかないほど、綺麗な容姿の持ち主だ。  もしそんな更科さんと、春の陽光が差し込む朝の教室で、二人きりで盛り上がっていたら俺はクラス中、いや学校中を敵に回していただろう。  目の前の現場を見れば、その未来予想図に至っていたことは容易に断言出来た。  これで俺は、普通で理想の高校生活を守ることが叶ったのだ。  しかし、まだ事態は収拾していないとでも言及されるかのように、左横からチラチラと何度も視線が刺さって来た。更科さんが、俺に無言の助けを求めていたのだ。  この教室の中にいるのは、俺と更科さんだけだ。転入して来た更科さんにとって、この時支えとなるのは、少なくとも互いに名前を知っている関係である俺だけだった。  けれど、俺は更科さんに助け舟を出すことなく、始業式が始まるまでこのままの姿勢で眠り始めた。揉め事になるのは嫌だし、勘違いされて、俺の高校生活が狂ってしまうのはもっと嫌だ。  そんな焦燥感と共に、目を閉じた。  この机の寝心地は去年と何一つ変わっていなかった――。  これが俺と更科茉莉の初めての出会いだった。
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