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しかし、俺はその問にいつも答えない。否、三週間経っても答えられない。
俺は更科さんのことを何も知らないからだ。
正直なところ、更科さんと言葉を交わしたのが、初対面のやり取りを含めて片手で数えられるくらいしかないというのも、彼女について知らない原因でもあるだろう。
だが、更科さんを知らないのは俺だけではない。
この松城高校に通う生徒は、誰も更科茉莉について知らないのだ。
更科さんにもクラスの中で話す友達はいる。実際、クラスの女子と話している場面を見かけたこともある。
けれど、彼女は他県で過ごしていた日々――この学校に転入する前のことを、誰にも語ろうとしなかった。
それだけではなく、更科さんが放課後に何をしているのかも謎のままだ。放課後になると、彼女はいつもそそくさと教室を後にしてしまう。
だから、俺を含めて松城高校に通う生徒は、更科さんの対外的な情報しか知らないのだ。
そのせいで、謎が謎を生み、いまや根拠のない妄想が更科さんを取り巻いている。貴族の末裔やら、天皇の隠し子やら、世界をまたに駆ける女スパイやら、平安時代からタイムスリップしたやら、とにかく様々な意見がある。
頬杖をつきながら、心の中でアホくさと一蹴する。そして、そのまま視線を隣の席に移す。
隣に座っている更科さんは、容姿が整っただけの普通の女子高生だ。今だって、普通に真面目に授業に臨んでいる。
誰にだって秘密の一つや二つあるだろうし、話せないことだってあるだろう。
まだ三週間しか経っていないのに、誰だってそこまで深いことを話せる仲になることは出来ない――と、俺は今までの短く少ない人生経験を振り返りながらそう思った。
その時、ずっと授業に集中していた更科さんだったが、一息つくためか、胸を開くように腕を背中へと伸ばした。体の反動と共に、僅かに更科さんの口から吐息が漏れる。
更科さんの吐息は、誰にも聞こえていない。皆、一貫して黒板に向き合っている。隣に座っている俺だから、聞こえたものだろう。
いけないものを見てしまった感覚に陥った俺は、更科さんから目線を外し、集中して授業を受けようと思った。
そのタイミングで――、
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