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俺が更科さんに初めて出会った時の話。
それは、新学期が始まった四月の頭まで遡る――。
新たな出会いを彷彿とさせる桜は咲き乱れ、爽やかな風が期待と共に人々の足を運んでくれる……そんな新たなステージへと上がる始業式の日。しかし、そんな春らしい春の日が始業式を迎えてくれたというのに、俺にはそんな感情は芽生えなかった。
松城高校で一年を過ごし、大体の同級生の顔を知った俺は、どうも変化とは掛け離れた否定的な感情を抱いていた。むしろ、もっと春の日差しを浴びながら、惰眠を貪っていたかった。
寝ぼけ眼を擦りながら、校舎の玄関前に設置されている掲示板でクラス表を確認すると、皆がどこのクラスかで盛り上がっているところを背にして、俺は真っ先に二年三組に向かった。
クラス表を見たところ、知らない名前は結構あった。しかし、一度はこの校舎ですれ違ったことがあるはずなのだから、顔を見ればすぐに名前は一致するだろう。
いつの間に三階まで上がって来たのか、気付けば、二年三組の前に着いていた。外とは違って誰もいないのか、二年の廊下は静かだった。
やはりと言うか、二年三組の扉は、一年生の時と何も変わらなかった。同じ校舎なのだから、学年毎で造りを変える訳がない。
ちなみに松城高校は、一階に職員室、二階から一年、二年、三年と階数が上がっていく形だ。
俺は一呼吸挟むと、扉に触れた。
この扉を開ければ、何も変わらない普通の高校生活が俺を待っているのだ。新しい事なんて、簡単には起こらない。……仮に新しい事があったとしても、俺の生活を極端に覆すものなら、必要ない。
正直、今の生活で俺は十分満足していた。
授業中はノートを取る傍らに落書きもして、先生がたまに面白い話をしたら耳を傾けて、昼休みになったら友達と他愛のない話で盛り上がって、休みの日はゆっくり漫画を読んで、月曜日は重い腰を上げながら学校に行って週末にあったことを友達と話して、大型連休は目いっぱい自分の好きなように生きて――、目立たず、誰からも反感も買わず、ゆとりのある生活。
それが、俺が一年間で築き上げた高校生活だった。そして、これが至高だ。
俺の築き上げた普通で理想の高校生活が、この扉を開ければ待っているはずだ。
それは変わらないし、変えるつもりもなかった。
だから、何の感情も持たずに与えられた仕事をこなすように、目の前の扉を開けると――、
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