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第二話:若き賢者は考える
「だいたいさぁ……勇者ってそもそも何?
それ職業?漠然としてるわぁ……。
戦士はいいわよね、わかりやすくて。
戦う士、とにかく強くて戦って敵をぶっ倒しゃいいんだもんね、今日みたく。
それに比べたらあたしなんてさぁ、結局何をしたら勇者ってことになるのか未だにわかんないもん、中途半端に武器とか魔法とか使えるだけでさ。
だからもうなんかしょうがないのよ。
そう、しょうがないの」
盗賊は個々の身体能力は高かったものの規模は数名と小さく、しかも運良く他のパーティーが見逃していた小さな洞穴に潜んでいるところを偶然発見し、キャミルが取り逃がしたボス一名が別のパーティーによって殺されてしまったこと以外は、宝物も無傷で取り返し一応はミッションは完遂されたと見なされ、キャミルのパーティーにも八十五パーセントの報酬が支払われた。
「起きたことを言っても仕方無い。
すぐに追えば簡単に捕らえることもできたはずだしな。
ただフゥのパーティーに見付かったのがまずかっただけだろう」
「あぁ、あいつらときたら、どっちが盗賊だかわかりゃしねぇ荒くれどもだからな」
「そうですよ、キャミルさんは……体調悪かっただけですよね」
三人がとりあえずフォローの言葉を口にするが、表情は決して優しさだけのものでは無かった。
「そぉよぉ、どうせあたしの二日酔いのせいですよぉ……!
剣振り回してたら気持ち悪くなっちゃって、気が付いたらあのボスに蹴っ飛ばされて倒れてて……。
でもひどくない?
いくらあんな状況でも女の子のお腹を蹴っ飛ばす男がいる!?
サイテーよ、サイテー!
死んで良かったんだわ、あんなやつ!!」
言いながら手元のグラスを荒々しく口に運んで一気に飲み干す。
「わかってんなら飲むんじゃねぇよ……」
「それに二十七で『女の子』はさすがに……」
「あん!?なんか言った!?アズナ!?
ふん!別にいいじゃない!
こんな気分の日に飲まずにいられるわけないでしょ!?
報酬も入ったんだし、明日は休みなんだし、今日ぐらい飲ませてよ!!
マスター!!
同じのもうひとつ!!」
空になったグラスを高く掲げたキャミルが声を張ると、カウンターの大柄な髭の男が無表情のまま頷き酒を作り始めた。
「まぁいい……しょうがねぇが……飲み過ぎんなよ?
休みったって今後の方針を決めたり鍛錬場行ったり、予定はあるんだからな」
「はいはい……っと」
答えながら、給仕が運んできた酒を受け取るとすぐさま口をつける。
その姿をしばらく無言で見つめていたバトスがふいに立ち上がり、
「……俺は先に部屋に戻るぞ。
少し考え事がある」
と言い残して大股で歩み去っていくのを、
「そうだな、俺も行こう」
「あ……僕も明日のことで書類作ったりしなきゃならないからお先に失礼しますね。
お体大切にしてくださいね、キャミルさん」
と他の二人も続いて追って行った。
「何よ、お体大切にって、人を年寄りみたく……。
あーあ、出会った頃はほんとかわいくて、こんな嫌味みたいなこと言うやつじゃなかったのになぁ……。
……マスタぁ……同じのもうひとつぅ……」
空になったグラスを力無く掲げたキャミルを確認すると、カウンターの大柄な店主が無表情のまま頷き酒を作り始めた。
そんなキャミルを尻目に酒場から部屋に戻る階段を大股で上っていくバトスが、途中で追いついてきたアズナになにやら難しい表情で、
「アズナ……お前はこの先どうするつもりでいるんだ?」
と歩調は緩めないまま問い掛けた。
「え……この先って……、とりあえず明日はそれを決めるためのパーティー会議と、あとはそれぞれに鍛錬場に行って新しいスキルを磨きに……」
「そういう目先のスケジュールのことじゃない、お前自身の人生の話だ」
「え……?」
急にそんな話を振られ、バトスが真剣な顔で振り向き見詰めてきたため、アズナは言葉に窮し、結局返答に迷うまま階段を上り終え部屋の前に辿り着いた。
「ずっと思ってたんだが……、お前は若いのに賢く強く、まだまだ伸びしろのある有望な逸材だ。
もっと大きな世界に出て、なんというか……もっと強くて将来性のあるパーティーに入るべきなんじゃないのか?
……つまり……そもそもなんでお前はキャミルと組むことになったんだ?」
部屋へと踏み入りながらバトスが再びアズナに問いかけるのを、最後に入り扉を締めたジューグもまた真剣な面持ちで見守る。
「え……と……その、僕の実家のキュランはすごい田舎でギルドなんか無くて……。
でも僕は賢者になりたくて、家族も応援してくれてたし、それでどうせ行くなら最高の所がいいって父さんに勧められて、マデュラスカのギルドに行くことになって……。
でもあんな大都会は初めてだったし、道にも迷って一人でどうしていいかわからなくなってる時に、キャミルさんが色々助けてくれて、ギルド入ったらちょうど基礎コースの臨時講師やってて、そこでもすごくお世話になって……。
で、キャミルさんが講師期間が終わって新しいパーティー組むから一緒に来ないかってことで……」
「それがもう三年も前のことだよな」
「はい」
「俺たちもその後すぐに拾われたんだよな。
それぞれ別のパーティーで色々事情があって一人になってたところに、お前らが現れた」
「そうですね」
確認するようにジューグを振り返ったアズナにジューグが無言で頷くのを見ながら、バトスは再びアズナに向かって口を開く。
「なぁ……思うんだが、アズナ、昔助けてもらった義理を貫くのも大切だが、俺たちと違ってお前はまだ若い。
その才能をこんなところで埋もれさせているのは、お前にとってだけでは無く、世界にとっても損失なのだぞ。
お前はキャミルのためでは無く世界を守るために働いているのだからな」
「……それはつまり……このパーティーを出ろ……ということですか……?」
「お前はこのままあの飲んだくれ女のおもりで一生終えるつもりか?
いいか、パーティーってのはお友達サークルでも趣味のお遊びでもない、仕事のため、与えられたミッションをより的確にこなすために集まった目的集団、そうだろう?
信頼関係とそれを支える人情も大事だが、そっちに気を取られてお互いの能力や将来を潰すようなことがあっちゃなんねぇ」
「……はい……」
バトスの言葉に、アズナがうつむき小さく頷く。
「そうだな、俺たちはもう三十過ぎたおっさんの部類だが、お前はまだ十八だろう?もっとやるべきことがあるんじゃねぇのか?」
「……」
さらにジューグも追従し、アズナが無言で床を見詰め始めたため、バトスは大きく息をつくと机の上の書類を手に取り、
「こいつは俺がやっておくから、お前は明日一日一人でじっくり考えるんだ。
答えは明日の夜にまた聞く。
それまで絶対にキャミルには会うな。
自分の意思で自分の人生を決めるんだ。
いいかげんその時期が来たんだよ。
賢いお前なら、きっと間違った答えなど出さないと信じている」
アズナの肩を強く掴むと、奥の自分の寝室へと去って行った。
「ま、俺らのことは気にすんなよ。
戦士は戦えさえすりゃいつでもどこにでも需要はあるんだからな。
リーダーが飲んだくれのアラサー女だろうが、魔王打倒に燃える若き英雄だろうが、戦士としての仕事自体は変わりゃしねぇ。
でもお前はリーダー次第で何もかも違ってくるタイプじゃねぇかと思うぜ」
言い残してジューグもまた自室へ入り扉を閉めた。
「人生……か……」
残されたアズナが、視線を床から天井へと上げ、一人つぶやいた。
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