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第二十四話:世界よ、清く正しくあれ
「大丈夫ですか!?アロゥ様!!今お助け致します!!」
「何してくれてんのよ、このババァ!!」
怒声と共にキャミルに向かって会場中の王妃たちからの魔法攻撃が一斉に襲いかかるが、ノートの描く球体の陣はそれをことごとく跳ね返し、散乱した魔力が司会の王妃や、身動きすることもままならぬアロゥのそばでも炸裂する。
「駄目だ!!アロゥ様に当たってしまう!!」
「ふざけんなクソババァ!!さっさとアロゥ様から離れろ!!」
「かーえーれ!!かーえーれ!!」
静まった攻撃に代わり罵声とコールがキャミルに降り注ぐが、膨大な闇の魔力を纏いアロゥに正対するキャミルの耳にはもはや届いてはいなかった。
「アロゥ……責任……取ってよね……」
「く……キャミル……。
致し方ありませんね……。
プレイ以外で女性に手を上げるのは魔王城における禁忌なのですが……そうも言ってはいられないようですから……!」
瞬間的に魔気を高め素早く身を起こすと、右手に力を集中し巨大な闇の雷の塊をキャミルに向けて撃ち放った。
同時にその手に漆黒の巨大な剣を出現させると、力強く握り締め大きく振りかぶり、キャミルを守る球体へと斬りつけた。
瞬間、婚礼の舞台が轟音と共に大爆発で吹き飛び、会場中が黒煙に包まれる。
「アロゥ様!?」
「いけーっ!!ババァはぶっ殺せーっ!!」
王妃たちが叫ぶ中、やがて黒煙が静まり姿を現したアロゥだったが、
「くっ……魔法も……剣撃も……すべて吸収されてしまう……!!」
「そんな……!!アロゥ様ーっ!!」
左腕だけでなく、雷撃や球体に触れた剣からも洪水のように魔気を吸い出され、アロゥはついに仰向けに地面に倒れ落ちた。
その足元に立ち、キャミルは破邪の剣を静かに天高く振りかざす。
「や……やめなさい……キャミル……!
わかりました……!
私が悪かったのです!
私が間違えてしまったのです!
あなたはここへ来るべき人間では無かった!
私の探しものはあなたでは無かったのです!
元の世界へお返し致しますから!
今ならまだ間に合うでしょう!?
婚礼は取り消しです!
もう二度とあなたの前に現れたりは致しません!
ですから……お願いです!
キャミル!!」
もはや戦闘不能となった魔王アロゥは震える両腕をキャミルに差し伸べて命乞いの言葉を並べたが、キャミルは切なげに首を振った。
「駄目よ……アロゥ……駄目……そんな言い訳……。
相手を間違えて愛してるなんて言って結婚を申し込んでおいて、やっぱり違ったから帰っていいよなんて……ひどすぎるじゃない……あたしかわいそうすぎるじゃない……。
それに…………やっぱり勇者は、魔王を倒すのが務めなのよ」
大量の鮮血が真っ白なウェディングドレスに飛散し赤黒い染みを広げた。
その光景に凍り付いたように静まり返った婚礼会場には、ぴくりとも動かなくなったアロゥの残骸の前に立ち尽くし、愛した男の命を奪った剣を握り締めたままむせび泣くキャミルの声だけが響いていた。
が、その時、じゅくじゅくと崩れ落ちていくアロゥの体内から、漆黒の輝きを纏った小さな光の玉が現れ、キャミルの足元へと転がった。
「あれは……『闇の真理』!?」
舞台袖で身を潜めていた第一王妃が声を上げる。
「まずい……!!
新入り!!その光玉から離れろ!!
それは……!!」
応えることもなく魅入られたように漆黒の光球を見詰めていたキャミルだったが、やがて涙を拭うと静かに腰を落とし手を伸ばした。
「やめろ!!それはお前などが触れて良いものでは無い!!」
叫びながらその手に光の剣を形作り駆け寄ってくる第一王妃をちらりと見ながらも、キャミルは指先に「闇の真理」をとらえ、そっと手のひらの上に転がしながら立ち上がった。
「こんなの……説明されなくても誰だってわかるわよ……。
魔王の体内から出てきた黒い光の玉……。
要するにこれが、魔王の力の根源、なんでしょう……?」
「わかっているならなおのこと!!
お前にそんなものは不要であろう!!
さっさとこちらへ渡せ!!」
叫ぶやいなや第一王妃は飛びかかりキャミルに斬りつける、が、やはりキャミルを取り囲む球体の陣にその攻撃は食い止められた。
「あたし……思ったの……。
あたし……愛した人をこの手で斬り殺して……。
いくら相手が魔王だったからって、勇者って……こんなことじゃないよね、きっと……。
だいたい勇者の身でありながら魔王を愛してしまったりして……。
なんかもう……駄目よ……。
こんなんで、何にも無かった顔をして今まで通りの勇者になんて戻れない……。
地上に帰ったって、魔王を倒した英雄だなんて祀り上げられる資格なんか無いのよ……。
だってこれじゃあ、色仕掛けで魔王を誘って騙し討ちにした悪女みたいだもの……。
だから……あたし、勇者はもうやめる」
「!!待て!!
わかってるのか!?
そんなことをすればお前は!!」
黒い球体を乗せた手のひらをゆっくりと口元へと運んでいくキャミルに第一王妃が叫ぶが、
「あたしは勇者なんかじゃない。
だからあたしが本当に倒すべきものは魔王とかそういうことじゃなく、世界中にあふれる、人を騙したり裏切ったり不貞を働いたりする、すべてのもの。
あたしの魂が、それが正しいことだと、それを望んでいると、わかってしまったから」
自分を守る、キャミルの魂そのものである三十六冊のノートが形作る球体に向かって優しく微笑むと、
「だからあたし……今日からあたしが魔王になる。
すべての偽りや裏切りを排除して、この世界を清く正しく浄化する、正義の魔王キャミたんに!!」
キャミルは闇の真理を舌に乗せ口に含むと、一息に飲み込んだ。
「まずい!!
皆の者!!全力をもってこいつを討て!!
早く!!手遅れになるぞ!!」
第一王妃が遥か後方へと飛び退きながら強力な雷撃を放ち、我に返ったすべての王妃たちがそれを追って一斉に全方向から大量の攻撃魔法をキャミルに浴びせた。
「ぅぐ……あぁぁっ……ああぁぁあぁぁっ!!」
その大爆発の中心で、キャミルは全身を貫きほとばしる、闇の真理に己を侵食される苦痛と快楽と虚脱と高揚に、大きな叫び声を上げた。
それからどれほどの時間が過ぎただろうか。
攻撃を放ち続けやがて魔力も尽きた王妃たちは、一人、また一人とその手を降ろし、爆煙に包まれたキャミルの様子を伺ったが、しかしながら少しずつ晴れていく煙の内からは、一つの傷も負うこと無く元の場所に佇むキャミルの姿が現れた。
白と黒がもつれ合い絡み付く魔気を身に纏ったキャミルは、不思議な安らぎを覚えながら己の両手のひらを見詰め、やがて握り締めると、視線を上げた。
あぁ……これが……魔王……の……魔力……。
こんなに清々しい気持ちは……生まれて初めて……。
世界中の正しいみんな……もう大丈夫だよ……。
あたしがこの力で、世界を清らかに浄化してあげる……。
見上げた天井の遥か先に広がる世界を思い描きながら小さく微笑むと、その背に魔気の渦が現れ禍々しく広がっていく。
やがて魔気は黒く巨大な翼を形作り、ゆっくりと力強く羽ばたかれた翼から漆黒の光の刃が無数に放たれ、会場の王妃たちが一斉に貫かれ黒い炎に包まれ一瞬にして燃え尽きていった。
「欲に穢れし者を浄化せよ!」
さらに光の刃は世界中へと飛び去り、また新しい女を騙している色狐ヘロン、大きな金庫を前に金の勘定をしているキャミルを追い出した宿のオーナー、通りすがる女たちに鄙猥な言葉を浴びせ下品に笑っている、ギルドで絡んできた小汚い中年冒険者どもを貫いていく。
「裏切り者には制裁を!」
同年代の鋭気あふれる男女に囲まれ生き生きと冒険に挑んでいるアズナ、老いた大魔法使いを信奉し世界中の貧しい村々を救う旅に従事するバトス、戦士仲間たちと強力なモンスターを倒し雄叫びを上げているジューグ、オシャレな高級カフェで高級マダム仲間と高級ランチを楽しんでいるサッちゃん、相変わらず陰険な嫌味に満ちた応対をしているギルドの眼鏡職員……。
漆黒の光は罪深き者たちを次々と貫き大地に串刺しにし、黒い炎を上げて焼き尽くし、それでもなお延々とキャミルから放出され続け、世界中にひしめく不誠実な者たちを自ら探し出しあまねく粛清し続けた。
「世界に清らかなる正義を!!」
後に裁定の雨と呼ばれたこの初撃により、一瞬にして世界の人口は半数以上が失われ、その後も罪を犯した者たちは浄化され続けていった。
彼らの前に現れ破邪の剣を振り下ろす魔王キャミたんは、返り血に染まったウェディングドレスに身を包んだその出で立ちからも「鮮血の花嫁」と呼ばれ、やがて世界はその人口を元の一割以下に減らしたものの、規律と秩序と良識に包まれ、人類には清く正しき平和が訪れた。
「BloodyBride [鮮血の花嫁] -とある女勇者の憂鬱-」 完
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