先生

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先生

「放課後の午後3時に教室に入らないように」 担任の山崎先生から言われている。山崎先生は若い男の先生だ。明るい人で、生徒から人気がある。 だいたい午後2時には授業は終わっているので、3時には基本的には生徒はみんないなくなる。だからミツオは、普段この約束事を気にしたことがなかった。 ある日の放課後のことだ。 ミツオは忘れ物をしたことに気づき、教室に戻ることにした。 校門から教室に戻る途中、なんとなく嫌な予感がしたが、それでも進んだ。宿題のプリントを忘れては宿題そのものができないからだ。 廊下の時計はちょうど午後3時をさすところだ。午後3時には教室に入るなと先生に言われている。しかし、そうも言ってられないとミツオは考えた。宿題を忘れてはならないという気持ちが強かったのだ。 午後3時を告げるチャイムが校内に響く。午後の光に照らされた廊下にはミツオの他に誰もいない。 廊下の角を曲がり、教室の前まで来た。 カーテンで窓が覆われており、中の様子が確認できない。 何やらゴトゴトと音が聞こえる。先生がいるのだろうか。 午後3時という明るい時間帯にも関わらずカーテンを閉めきっている教室に、ミツオは異様なものを感じた。だが、ミツオは勇気を出して教室の扉を開けてしまう。 教室の中は真っ暗だ。外は晴れているのに、カーテンで窓をふさぎまったく光が入ってこないようにしている。 教室の隅にもぞもぞと動く影が見える。人のように見えるが…。 「…先生?」 ミツオは勇気を振り絞って、人影に向かって話しかけてみた。 人影がびくっと動く。ふいにカーテンの隙間から光が指し、人影の顔を照らした。 山崎先生だ。口のまわりにべっとりと血がついている。 「ミツオか?」 目をぎょろりとさせて、先生が問い掛けて来る。ミツオは異様な雰囲気を感じてすぐに返答できない。 わずかな光が先生の足元を照らした。首から大量の血を流した女の子が横たわっている。 「先生は言ったよな?3時に教室に入ってはいけませんって言ったよな?」 先生の目は血走っている。 「約束を守る標語も教えたろ?3時の『おやつ』だよ。言えるか?」 ミツオは震えて動けない。先生はじりじりと近づいてくる。 唐突に先生が教室の椅子を蹴り倒し、ガタン!と大きい音が鳴った。ミツオはビクッと反応することしかできない。 「『おやつ』だよ。言えないのか?」 「『教えられたことだけやろう。約束を守ろう。つらくても我慢しよう』です」 ミツオは慌てて教えられた標語を口にする。 「そうだ、ミツオ。約束は守らないといけないよな。それをお前は破った。教えられたことだけするべきなのに、お前は余計なことをした」 先生の目が血走っている。距離をつめた先生の手がミツオの肩をつかんだ。 「先生は、大変なんだよ。毎日仕事が忙しくてさ。3時のおやつぐらいゆっくりと食べさせて欲しいんだよ。それを邪魔したミツオ、お前にはお仕置きが必要だ。つらくても我慢しよう。お前は今、自分でそう言ったよな?」 ミツオは恐怖に震えて声が出ない。 「ちょっと我慢するだけだ。先生が吸ったぶんだけ、新しい特製の血を輸血してやるから。動くなよ!」 そう言って先生は、ミツオの肩をつかむ力を強める!先生が開けた大きな口の中には無数の牙が見えた。 「ウギャー!」 ミツオは悲鳴をあげて、先生の手を振りほどき、一目散に走り出した。教室から出て、午後3時の廊下をひた走る。 「助けて!」 そう叫んでも、誰も返事をしない。なぜか放課後の校舎には誰もいない。 無我夢中で廊下を走り、校門の前までやってきたミツオ。 人がいる!校長先生だ。ミツオは安堵した。 校長先生のもとにかけより、しどろもどろに話しかける。 「校長先生!大変なんです。今、担任の山崎先生に噛まれそうになりました!助けて下さい!」 「どうしたミツオ君?落ち着きなさい。どれ、校長先生が見に行ってあげよう」 校長先生が教室に向かう。おそるおそるミツオは後ろをついて行くが、また襲われるのではないかと気が気でない。 廊下の角を曲がり、恐々と教室のほうを見る。 だが、教室の窓のカーテンは開けられており、午後の日差しが差し込んでいた。さっきまでいたはずの先生はいない。 校長先生が一足先に教室の中に入るが、何もおかしいところはないようだ。 「ミツオ君、君は何を見たんだい?」 「先生が女の子の血を吸っていたんです。教室に女の子が倒れていました。僕も血を吸われそうになりました」 ミツオは自分が体験したことを語るが、教室には血の跡もまったくない。机や椅子に乱れているところはなく、午後の日差しが明るく照らしている。 「ミツオ君、大丈夫かい?君は疲れていて幻を見たんだよ、きっと。放課後、生徒は早く帰らないといけないからね。そうしないと疲れてしまい、幻を見てしまうんだ」 「…はい。分かりました」 ミツオはそう答えて、宿題のプリントを急いでランドセルにしまうと急いで教室を後にした。 自分が見た光景は幻だったのか? うん、そうだ。きっとそうに違いない。ミツオは自分にそう言い聞かせて帰宅した。 翌日の朝、登校すると教室には見たことのない女の先生がいた。 「昨日まで担任だった山崎先生は異動になりました。今日から私、川村先生が新しい担任になります。よろしくお願いします」 女の先生はそう挨拶した。 「山崎先生は異動になって、残念だね」 「残念だね」 教室の中でひそひそと誰かが言う声が聞こえる。 ミツオはランドセルから宿題のプリントを出し、ぼんやり眺める。 「残念だね」 「残念だね」 教室の生徒達が口々に同じことを繰り返し、だんだん声が大きくなっていく。 ミツオは異様な雰囲気を感じ、顔をあげた。 教室の生徒みんなの目がミツオに向いている。 その目は赤く血走っており、首には無数の傷痕がついていた。 (終)
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