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滑り台と鉄棒しかないこじんまりとした公園。唯一存在する遊具も触れば表面の塗装が剥がれ落ち、鉄の臭いが染み付く年期の入った遊び場だ。
僕と彼女――美那は、そこに寂しく佇む二つのベンチのうちの一つを占拠していた。僕が左端、美那は右端に座る。中央には、シュークリーム、エクレア、ロールケーキが
我が物顔で鎮座していた。まるで、物語の主役は私達だと言いたげだ。実際、間違ってはいない。僕は美那の中では、脇役に過ぎないのだろう。
「じゅるり」
「涎の効果音を自分で表現しなくても」
「だってえ、美味しそうなんだもん」
美那の瞳は、今日の晩御飯はハンバーグよと告げられた五歳の男児のように、キラキラと輝いている。
「やっぱ、3時と言えばティータイムの時間だよね」
僕は公園の中央に聳え立つ時計台を確認する。短針は45度、3時を示していた。
「3時は3時でも、午前の3時だけどね」
太陽は役目を終え、夢の世界へ。辺りを闇と静寂が支配している。ふらふらと漂う月だけが僕達二人の寂しいお茶会を舞台のスポットのように妖しく照らしていた。
「些細な違いだよね」
「凄い違いだよ」
「うるさい」
美那は、シュークリームに手を伸ばす。ピリッと封を切り、密封から救出する。そして――齧り付いた。
「うまうま」
齧り付いたシュークリームの左右からクリームが溢れ出す。重力に引かれ、垂れていく前に美那の舌が舐め取った。
握り拳程の大きさのシュークリームが1分も経たぬうちに美那の腹に収まった。続けて、エクレアとロールケーキも部活終わりの学生のように勢いよく食べ尽くす。
「ああ、食った食ったあ」
美那は足を投げ出し、腹を擦っている。その小柄な体躯のどこに大量の甘味が収納されているのか不思議だ。胃袋が人一倍大きいのだろうか?謎である。
「いやあ、コンビニのスイーツも侮れませんねえ」
「美味しかった?」
「シュークリームは、大きさの割りにクリームの量が少なくて、空洞が目についたかな」
「ほう」
「エクレアは、チョコレートがかかってたんだけど、しなっとしてた」
「ほう」
「ロールケーキは、クリームが脂っこくて、生地がパサついてたね」
「……それは、美味しいとは言えないよね」
「いや、コンビニにしては美味しい方だと思う」
美那の舌にかかれば、コンビニの最新スイーツも普通以下の評価だ。宛ら、スイーツ評論家である。
「やっぱさあ、今流行りの駅前のアップルパイとか食べたいよねえ」
「買いに行けばいいじゃん」
「簡単に言ってくれるなあ……この時間でも営業してたら、こんな悔しい思いをしなくて済むのにい」
――昼間に買いに行けよ。と、零しかけて呑み込んだ。詳しい事情は知らないが、美那は元々身体が弱く、家で療養中の身だ。外出したことも数えるほどしかなく、日々を寝台の上で過ごしている。※全て美那発心の為、真偽は不明。
「ああ、お腹すいたあ」
「いや、今食べただろ」
「甘いものは別腹なの」
家での食事も味の薄い質素なものばかり、耐えきれなくなった美那は、夜中人目を忍んで家を抜け出し、コンビニでスイーツを調達、公園でお茶会、という日課を多ければ週に3回は行っているそうである。
「もう、そろそろだね」
時計を眺めると、短針は4時を回ろうとしていた。基本3時に集まり、1時間程でお茶会は終了する。本日の楽しい一時も終わりを迎えようとしていた。
「じゃあ、またね」
プラスティック等の残骸を片し、ゴミ箱に捨てる。
「うん、またね」
――次はいつ会える?なんて、僕に会うことを目的に公園に集うわけではないのに。
名残惜しい気持ちを押し殺し、公園の入口で美那と別れた。
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