午前3時の幽霊

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「岸本、起きろ」  起床を促す声が遠くから、聞こえる。 「……あと5分」 「下校時間だ、帰れ」  渋々重たい瞼を上げると、ぼやけた視界に友人の姿が映った。 「あれ、委員長だ」 「もうとっくの昔に6限目も終わったぞ。はよ帰れ」  大きな欠伸をし、垂れていた涎を服の袖で拭う。その姿を委員長が眉間に皺を寄せながら見ていた。 「お前、高校に何しに来てんだよ」 「寝に来てるんだよ」 「堂々とするな。もっと低姿勢でいろ」  深夜に公園へ通っているのが睡眠不足の原因だろう。完全に昼夜が逆転している。 「まあ、まだ登校してるだけマシか」 「なんで?」 「なんでって、お前なあ。もっと周りに興味を持てよ」 「必要ない情報に海馬の容量割きたくないんだよね」 「たまにお前が賢いのか馬鹿なのか分かんなくなるわ」 「馬鹿と天才は紙一重って言うからね」  委員長が呆れた風に嘆息した。 「で、何だっけ?」 「不登校の奴がいる中、お前はまだ登校してるだけマシだ、って話だよ」 「お、褒められた」 「これを自己肯定と捉えるあたり、やっぱりお前は馬鹿だね」 「天才からの転落が早いなあ」  無駄話を続けている間に午後4時を過ぎた。重たい腰を上げる。 「じゃあ、帰るよ」 「さっさと帰れ」  しっしっ、と蚊と同じように僕も追い払う。委員長はまだ先生から頼まれた仕事があるらしい。 「多忙な委員長さんと違って日々を自堕落に過ごす暇な僕は、帰らせて頂きますねえ」 「うぜえ」  負け犬の遠吠えを背景に、学校を後にした。  電車通学の為、駅までの道を茫然と歩く。あんなに眠ったのに、まだ睡魔は僕に緊と獅噛みついて離れない。  ――今日、美那は公園に現れるだろうか?昨日の今日だから来ないかな。  気付いたら、彼女のことばかり考えている。僕の脳は美那のことしか考えられないように美那本人に遠隔操作でもされているんじゃないだろうか。  駅前の噴水広場に到着。視界の隅に混雑が入り込んだ。一軒の店に並ぶ人々がおり、百メートル程の列になっている。店の前に掲げられた旗には、アップルパイと書かれていた。 「駅前のアップルパイ食べたいよねえ」  まるで、隣で囁かれたように美那の声が明瞭に頭の中に響いた。 「僕に、買えと?」  僕が眺めている間にも列に並ぶ人は増え続けている。予想するに、待ち時間30分だろうか。 「いや、面倒。時間が勿体ない」  沢山の言い訳を羅列する。  美那の喜ぶ顔を想像する。  答えは一つしかなかった。
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